ドクタージーカンズ
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ダイフレックス系列の「ダイフレックスクリエーション」と[3]、フジビルにより1991年2月8日に開業[2]。
アメリカの映画製作関係者から持ち込まれたレーザーガンによる戦闘シミュレーションゲーム事業を長浜楽市に導入したことをきっかけに[3]、1987年にアミューズメント業界に進出したダイフレックスは[2]、ディズニーランドの日本人マーケティング担当とデザイナーをスカウトし「ダイフレックスクリエーションUSA」を設立しアメリカで好評を博したアミューズメント施設や自社開発品を日本で販売する計画を検討したものの、前例主義的な日本の事業風土では売上を見込めないとしてビジネスの成立を実証するべく自社のアミューズメントハードウェアのショールームの位置付けとして若者向けの市場調査が良好だったことから開発に踏み切った[4]。
総工費25億円をかけ延床面積1700平米の空間に[2]、開業当初は18歳未満の未成年立入禁止の都市型テーマパークとして、シド・ミードのコンセプトストーリーデザインにより時空の旅人・ジーカン博士が体験した異次元空間を階別に再現したカプセルという設定とした[3]。初年度は約20万人の来場者を記録、1992年には他の都市型テーマパークとの差別化を図るべく「エンターテイメントファクトリー」のキャッチコピーでダンスショーの強化やプリペイドカードシステムの廃止などを実施[5]、1993年5月18日には入場料・未成年入場禁止を廃止し5-6階レストランの業態転換[6]、1994年にはベージュを基調色とした内外装のリニューアルを行い異次元的なコンセプトを弱めていった[7]。
1997年には2-3階にクラブ「Harlem」が開業しヒップホップ系の公演を主に開催[8]、テーマパーク営業は既に終了しクラブ「ATOM TOKYO」が入居し[1]、宴会場としても営業している[9]。