ドネツク・プラネタリウム

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専門分野 天文学
館長 イリーナ・フィリポヴァ[1]
延床面積 700 m2[2]
開館 1962年2月17日[3]
ドネツク・プラネタリウム
Донецький планетарій
ドネツク・プラネタリウム
ドネツク・プラネタリウムの位置(ドネツィク州内)
ドネツク・プラネタリウム
ドネツィク州内の位置
施設情報
専門分野 天文学
館長 イリーナ・フィリポヴァ[1]
延床面積 700 m2[2]
開館 1962年2月17日[3]
所在地 83000
 ウクライナ ドネツィク州ドネツィク アルテマ通り46b[4]
位置 北緯47度59分31秒 東経37度48分13秒 / 北緯47.99194度 東経37.80361度 / 47.99194; 37.80361座標: 北緯47度59分31秒 東経37度48分13秒 / 北緯47.99194度 東経37.80361度 / 47.99194; 37.80361
外部リンク Донецкий цифровой планетарий - ウェイバックマシン(2022年10月7日アーカイブ分)
プロジェクト:GLAM
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ドネツク・プラネタリウム(ドネツィク・プラネタリウム、ウクライナ語: Донецький планетарій, ラテン文字転写: Donetsk Planetarium)は、ウクライナドネツィク市の中心部にあるプラネタリウムである[3]。1962年に開館し、2008年に移転して設備を一新し、ウクライナ初のデジタルプラネタリウムとなった[5]

ドネツク・プラネタリウム(初代)

ドネツク・プラネタリウムは、スプートニク衛星の成功を受けた宇宙への関心の高まりを受け、1959年に計画に着手、1960年に市内のキーウスキー地区に建設された[3][5]。翌年には、12メートルのドームにツァイスの小型光学プラネタリウムZKP 1が搬入され、1962年2月17日に正式に開館を迎えた[3][6]。開館式では、ドミトリ・オグロブリンウクライナ語版が祝辞を述べ、セルゲイ・フセフスヴャツキーウクライナ語版が最初の解説を行った[3][7]

1992年から、ドネツィク・プラネタリウムはウクライナ「ズナーニエ(知識)」協会の管理下に入った[7]。最盛期には年間2500回に及ぶ解説を行っていたが、2008年には新しいプラネタリウムに役目を譲った[3]

2015年には、ウクライナ紛争の最中にミサイルが被弾して損傷し、2024年には火災によって大きく損傷し、占領下で手入れも修理もされないまま朽ち果てつつあると伝えられる[1][5][8]

新プラネタリウム

ドネツク・プラネタリウムとソーキル公園。

2008年にはプラネタリウムは市中心部、ヴォロシロフスキー地区ソーキル公園の新しい建物に移転し、8月30日に開館した[3][9]。移転計画は「ズナーニエ」協会とドネツク市議会が中心となって推進した[9]。開館式典はドネツク市の日の祭典の一環として行われ、宇宙飛行士アレクサンドル・ヴォルコフと、その息子で国際宇宙ステーション船長を務めるセルゲイ・ヴォルコフが通信する一幕もあった[9]

新プラネタリウムの建物は2階建てのアール・ヌーヴォー調の構造で、延床面積は約700平方メートル、Donbass Investment and Construction Consortium が事業主体で、AK Engineering 社が施工し建設された[2][4]。施設内にはプラネタリウムだけでなく、天文・航空宇宙博物館が整備され、少年向けの天文クラブが拠点を構える[9][7]

デジタルプラネタリウムの機器

投影ドームの直径は12メートルで、88席が設けられている[4]。投影装置は、ベルギーバルコ英語版社製3次元投影機 Reality SIM 5R を導入、ソフトウェアフランス RSA-Cosmos社のSkyExplorer 3を採用し、同社の InSpaceSystem によって統合している[4][10]。ウクライナ国内では初めて、東欧全体でも先駆的なデジタルプラネタリウムであった[9][5]

2011年4月15日、ドネツク市議会はプラネタリウムに地元出身のパイロット・宇宙飛行士のゲオルギ・ベレゴヴォイの名前を冠することを決定した[11]

2022年12月10日の晩から11日朝にかけて、ウクライナ紛争における戦闘で、新プラネタリウムも砲撃による被害を受けた[12][2]

Fulldome Studio DN

出典

外部リンク

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