ドノバン・パウエル

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ラテン文字 Donovan Powell
種目 60m, 100m
ドノバン・パウエル
選手情報
ラテン文字 Donovan Powell
国籍 ジャマイカの旗 ジャマイカ
競技 陸上競技 (短距離走)
種目 60m, 100m
大学 アメリカ合衆国の旗 テキサスクリスチャン大学
生年月日 (1971-10-31) 1971年10月31日(54歳)
出身地 ジャマイカの旗 セント・キャサリン教区
身長 183cm
体重 79kg
成績
オリンピック 4x100mR 予選2組4着 (2000年)
世界選手権 100m 2次予選4組6着 (1997年)
4x100mR 予選棄権 (1997年)
地域大会決勝 中央アメリカ・カリブ選手権
100m 7位 (2001年)
4x100mR 途中棄権 (2001年)
自己ベスト
50m 5秒64 (1999年)
60m 6秒50 (1999年)
100m 10秒07 (1995年)
200m 20秒83 (2002年)
獲得メダル
陸上競技
ジャマイカの旗 ジャマイカ
中央アメリカ・カリブジュニア選手権
1990 ハバナ100m
1990 ハバナ4x100mR
カリフタゲームズ (U20)
1989 ブリッジタウン4x100mR
1990 キングストン200m
1989 ブリッジタウン100m
1989 ブリッジタウン200m
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ドノバン・パウエルDonovan Powell1971年10月31日 ‐ )は、ジャマイカセント・キャサリン教区出身で短距離走が専門の元陸上競技選手。100mで10秒07、室内60mで6秒50の自己ベストを持つ。室内60mでは1999年前橋世界室内選手権で6位、1996年全米室内選手権で優勝などの実績を持つが、100mでは1997年アテネ世界選手権が世界大会(シニア)唯一の出場で2次予選敗退に終わっている。オリンピックには2000年シドニー大会の4×100mリレーに予選のみ出場した。弟は100m元世界記録保持者のアサファ・パウエル

1993年3月、トロント世界室内選手権の男子60mに出場し、シニアの世界大会を初めて経験したが、結果は7秒02の組6着で予選敗退に終わった[1]

1995年8月、イェーテボリ世界選手権に参加するも、直近のドーピング検査でエフェドリンが検出された。ドノバンには3ヶ月間の出場停止処分が下され、そのため世界選手権に出場できなかった[2][3]

1996年、全米室内選手権の男子60mを6秒55で制した[4]

1997年8月、アテネ世界選手権で世界選手権に初出場を果たした。男子100mは1次予選を突破したものの、2次予選は10秒35(-0.3)の組6着で敗退した[5]

1999年3月、前橋世界室内選手権の男子60mに出場し、1993年トロント大会以来の世界室内選手権出場を果たすと、予選を自己ベスト(当時)の6秒51で通過。シニア世界大会で初となる準決勝に進出すると、準決勝では予選のタイムを更に縮める6秒50の自己ベストで突破し、初めて世界大会のファイナリストになった。迎えた決勝では6秒59とタイムを落とし6位に終わった[6]

2000年9月、シドニーオリンピックオリンピックに初出場を果たした。男子4×100mリレー予選でジャマイカチーム(ドノバン、ドワイト・トーマスリンデル・フレイター、Llewelyn Bredwood)の1走を務め、38秒97をマークしての準決勝進出に貢献した[7]。ドノバンは予選のみの出場に終わり、準決勝と決勝の出番はなかった。

引退後はテキサスでコーチに転じた[8][9]

自己ベスト

記録欄の( )内の数字は風速m/s)で、+は追い風を意味する。

種目記録年月日場所備考
屋外
100m10秒07 (+0.5)1995年6月3日アメリカ合衆国の旗 ノックスビル
200m20秒83 (+1.2)2002年5月4日フランスの旗 カイエンヌ
室内
50m5秒641999年2月21日フランスの旗 リエヴァン
60m6秒501999年3月7日日本の旗 前橋
100m10秒471998年2月4日フィンランドの旗 タンペレ

主要大会成績

脚注

外部リンク

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