ドム教会
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ドム教会の歴史は古く、初代カトリック教会が建設されたのは630年頃のことであるが、当初は木造であり倒壊と再建を繰り返した。1023年にロマネスク建築の大聖堂が建設されたが、1253年の大火事で半焼した。ユトレヒト大司教は聖堂を建て替える決断をした。しかし、資金不足のため建設は非常にゆっくりと進行した。新大聖堂は一つの尖塔を備えたゴシック建築だった。1382年に塔が完成した。
1566年にオランダの宗教改革が始まった。1580年、カトリックは大聖堂から退去し、代わってプロテスタントの所有となった。
1674年、竜巻による暴風雨によりユトレヒトでは多くの犠牲者を出した。大聖堂の被害も甚大で、中央部の身廊が崩落した。外壁を支える控え壁が不十分だったことが原因とされる。その後、再建計画が策定されたが資金不足のため実行出来ず、内陣と塔が分離された状態で現在に至る。
建築
今日の大聖堂
墓地・記念碑
ユトレヒトは西の神聖ローマ帝国にとって重要な都市であり、ザーリアー朝とは特に深い関係にあった。中世初頭には、神聖ローマは常にドム教会の名誉司教座聖堂参事会員に名を連ねていた。コンラート2世およびハインリヒ5世はそれぞれ1039年と1125年にユトレヒトで没した。彼らの内臓と心臓はドム教会で埋葬されている。聖歌隊席の床にひっそりと嵌め込まれている「皇帝の石」(keizerssteentjes)がその歴史的事実を現在に伝えている。
比較的無傷で現存しているドム教会唯一の中世の霊廟は、14世紀の主教ギー・ダヴェーヌ(エノー伯ジャン2世の弟)の墓だけである。
他にも多くの美しい墓標や記念碑が存在する。中でも、16世紀中葉のヘオルヘ・ファン・エフモント司教の記念碑は歴史的に重要である。



