ドラゴン瀧
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富士ロイヤルCC所属時は岩間建二郎と共に森田吉平社長の下で1日1000回素振りのハードトレーニングに励み[2]、1979年の第1回PGA公認ドライビング日本一コンテストでは316.7ヤードで尾崎将司を抑えて優勝し、1981年から1983年の3連覇[3]を含む大会4勝を記録[4]。
1985年のダンロップ国際オープンでは廖国智(中華民国)、ピーター・ファウラー(オーストラリア)、上原宏一・山本善隆・渡辺司と並んでの10位タイ[5]に入り、同郷の鈴木弘一と共に平尾昌晃プロアマチャリティで初優勝[1] [6]。
2001年の日本プロ[7]を最後にレギュラーツアーから引退し、2002年には須貝昇・海老原清治と共にヨーロピアンシニアツアーで活躍[8]。
スイスで行われたバートラガツシニアオープンでは最終日に67‐63の10アンダーでデニス・オサリバン(アイルランド)と並んで3ホールのストローク式プレーオフに持ち込み、3連続パーを記録すると、オサリバンは3連続ボギーで決着がつく[9]。全英シニアオープンの須貝、デビアシニアプロの海老原に次ぐ日本人3週連続優勝を飾り[10]、優勝賞金34,500ユーロを獲得[9]。
主な優勝
- 国内
- 1985年 - 平尾昌晃プロアマチャリティ
- 2012年 - PGAティーチングプログランドシニア
- 海外
- 2002年 - バートラガツシニアオープン