ドルニエ Do Y
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運用の歴史
Do PとDo Yは1930年代初期に試作貨物機として公開されたが、両機は実質的にはドイツ空軍の最初の第一線爆撃機であるドルニエ Do 11製作へと繋がる発展への一段階であった。1931年に2機がユーゴスラビア王国空軍向けに製作され、6年後に更に2機が作られた。4機全機が1939年にサヴォイア・マルケッティ SM.79に代替されるまでモスタル(Mostar-Ortijes)の第81連隊に配備されていた。その後これらの機体は輸送と連絡任務といった第二線へ下げられて、1941年にクラリエヴォ(Kraljevo)でドイツ軍に鹵獲された。その中の1機は後にクロアチア独立国空軍に引き渡された。