ナサニエル・ロード・ブリトン
From Wikipedia, the free encyclopedia
ニューヨークのステーテン島に生まれた。両親は宗教を学ぶことを望んだが、幼いころから自然に興味を持っていた。コロンビア大学で鉱物学を学び、卒業した後、コロンビア大学で地質学と植物学を教え始めた。トーリー植物クラブに入会し、苔類学の学者、エリザベス・ガートルード・ナイトと出会い1885年8月27日に結婚した。夫妻は一生を通じて共同で植物研究を行った。
1888年に、夫妻はイギリスのキュー植物園を訪れた後、エリザベスはトーリー植物クラブで、ニューヨークにも植物園をつくることを提案した。募金運動を行い、1891年にニューヨーク植物園が設立されると、コロンビア大学をやめ、初代の園長に就任し、1929までその職を務めた。アンドリュー・カーネギー、ジョン・ピアポント・モーガン、コーネリアス・ヴァンダービルト2世とともに財団の理事となり、裕福な後援者の名を植物名に命名して、財政支援を生み出した。
研究の分野ではカリブ地域の植物を専門とし、しばしばカリブを訪れた。著書にはアディソン・ブラウンとの共著の『北アメリカの植物図譜』("Illustrated Flora of the Northern United States, Canada, and the British Possessions" (1896))、"The Cactaceae with Joseph Nelson Rose"などがある。
ブリトンは国際植物命名規約(International Code of Botanical Nomenclature, ICBN)に反旗を翻した独自規格、アメリカ植物命名規約 (American Code of Botanical Nomenclature) の署名者の1人としても知られる。
