モスクの建設は、エジプトの統治者スレイマン・パシャにより資金を供出され、18世紀の後半に始まり、ナザレの代官シェイフ・アブドゥッラー・アルファフームにより監督された[1]。モスクは1804年から1808年の間に完成し、シェイフ・アブドゥッラーはワクフの形で信託権を与えられ、1815年の彼の死まで差配をふるった[1]。シェイフ・アブドゥッラーの墓はモスクの中庭にある[2]。
シェイフ・アブドゥッラー・アルファフームの死後、モスクに関する事柄の采配はシェイフ・アミーン・アルファルフームに移った[1]。現在、モスクはアルファルフーム家のワクフであり続けており、またそれはカサノヴァ通りのパシャのハーンを含んでいる。シェイフ・アブドゥッラーの子孫のひとりである、アティフ・アルファルフームにより管理されている[1]。
スレイマン・パシャの前任者であるオスマン帝国の知事ジャッザール・パシャの治世の終わりを記念すべく、シェイフ・アブドゥッラーはモスクに名を付けた。アブドゥッラーは諸宗教の間において清純さ、光、平和が享受される新しい時代を象徴するものとして「白」を選んだ[2]。