ナダン

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ナダン(Nadan、生没年不詳)は、モンゴル帝国に仕えた将軍の一人。

元史』には立伝されていないが『申斎集』巻8大元宣武将軍韶州路達魯花赤愛不哥察児公神道碑にその事蹟が記され、『新元史』には大元宣武将軍韶州路達魯花赤愛不哥察児公神道碑を元にした列伝が記されている。

ナダンはボルテ・チノ(蒼き狼)の血を引くとされるドルベン氏[1]の出で、その先祖はカラコルム(和林)から千里余り離れた「都剌合」の地に住まう部長の家系であった[2]。ナダンはチンギス・カンがモンゴル帝国を建国するとこれに服属し、左翼万人隊長のムカリの下に配属された。ナダンはムカリの下で主に金朝遠征に従事し、第一次侵攻では雲中・九原(太原)・遼西方面の経略に功績を挙げ、第二次侵攻では三峰山の戦いにも加わった。ナダンの向かうところ敵はなく、国王ムカリからも有能であると重用されていたという[3]

子孫

脚注

参考文献

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