ナハス・アングラ
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| ナハス・ジデオン・アングラ | |
|---|---|
| 任期 2005年3月21日 – 2012年12月4日 | |
| 大統領 | ヒフィケプニェ・ポハンバ |
| 前任者 | テオ=ベン・グリラブ |
| 後任者 | ハーゲ・ガインゴブ |
| 個人情報 | |
| 生誕 | 1943年8月22日(82歳) |
| 政党 | 南西アフリカ人民機構(SWAPO) |
| 配偶者 | カトリーナ・タンゲニ・ナマリンガ |
| 子供 | 2人 |
| 宗教 | ルーテル教会 |
ナハス・ジデオン・アングラ(1943年8月22日[1][2] - )は、ナミビアの政治家。2005年から2012年、ヒフィケプニェ・ポハンバ大統領のもとで首相を務めた[3]。現在は国防相。コロンビア大学から教育学の修士号を取得している[4]。
オシコト州オニャーニャ生まれ。1965年から89年まで国外追放に遭い、73年から76年までザンビアのラジオ局に勤め、76年から80年まで国際連合で職員として勤めた。1980年に南西アフリカ人民機構(SWAPO)の発起人となった。SWAPOは89年に政党登録し[1]、アングラは独立直後の89年11月から90年3月まで設けられた憲法制定会議のSWAPO所属の議員を務めた[5]。90年から国会議員を務めており、90年から95年まで教育・スポーツ・文化相を、95年から2005年まで高等教育相をそれぞれ務めた[1][2]。
2002年8月のSWAPO党大会で行われた中央委員選では、395票という最高得票で当選した(次点はジェリー・エカンジョであった)[6]。2004年5月の大統領予備選ではポハンバとヒディポ・ハムテニャと三つ巴になった[7]が、第一回投票でポハンバが213票、ハムテニャが166票、アングラが137票を獲得、得票数で最下位だったアングラは決選投票に進めなかった。決選投票でアングラ陣営はポハンバ支持に回り、それがポハンバ勝利に結びついた[8]。家はルーテル教会に属している[9]。
2012年12月4日、ポハンバ大統領は2014年大統領選挙のSWAPO候補に指名されたハーゲ・ガインゴブ副大統領を首相に任命した。アングラには国防相があてがわれた。