ニキアスの和約
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紀元前449年、ペルシア戦争を勝利で終結させたデロス同盟であったが、その後アケメネス朝ペルシアの勢力が弱まるにつれて同盟は本来の性格を失い、同盟に対するアテナイの支配力が強まっていった。デロス島に置かれていた財務局も紀元前454年にアテナイに移され、ペリクレスの時代になると同盟はアテナイ帝国へと変貌させられた。年賦金も当初の総額460タラントが紀元前425年には総額ほぼ1500タラントに上がり、それらはもっぱらアテナイのための神殿建設や軍資金の重要な資金源となった。同盟都市はもはや政策立案に参画することなく、事実上アテナイの属国と化した。アテナイ帝国の発展が、多くのギリシア諸都市の自治を破壊あるいは脅かすに至り、アテナイと並びギリシア諸都市の指導的立場だったスパルタは、自らの地位への脅威を感じアテナイへの不信を強めた。スパルタを中心とするペロポネソス同盟と、アテナイを中心とするデロス同盟の対立は深刻化していった。
そして紀元前431年、スパルタは同盟諸市の要請もありアッティカに侵入、ペロポネソス戦争が始まった。ニキアスの和約までの前半はアルキダモス戦争とも呼ばれ、戦いはアテナイ側の2倍の重装歩兵をもつスパルタ側が陸から包囲したのに対し、圧倒的な海軍力を誇るアテナイは、ペリクレスの指導の下市民を城壁内に籠城させ、陸上では防御、海上では攻撃という戦略に出た。この戦略はリオンやナウパクトスなどの海戦の勝利など戦争のアテナイ側の実質的勝利に寄与し、途中、猛威をふるった悪疫によって人口の4分の1とペリクレスを失うという打撃を受けながら戦局を有利に展開していった。