ニコライ・アレクサンドロヴィチ・ソコロフ
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ニコライ・リムスキー=コルサコフの高弟の一人で、ソコロフ自身もペテログラード音楽院でドミートリイ・ショスタコーヴィチやユーリ・シャポーリンらを輩出した[1]。少年時代のショスタコーヴィチは、寛大で温和なソコロフを恩師として慕い、その没後に、《管弦楽のための主題と変奏》作品3をソコロフ追悼作品として完成させた[2][3]。
今日演奏される曲目は、サークル「金曜日」のためにリムスキー=コルサコフとその門弟たちが合作した、弦楽四重奏のためのいくつかの性格的小品があるにすぎないが、ピアノ曲や管絃楽曲として「ロシアの主題による変奏曲」のような作品もいくつか残している。
- 弦楽五重奏曲 作品3(弦楽合奏のためのセレナーデ 作品3)
- トルストイの「ドンファン」からの終幕の合唱 作品5
- 女声のための合唱曲集 作品12(1892年出版)
- ピアノのための変奏曲 作品25
- ロシア民謡による弦楽四重奏のための変奏曲
- 弦楽四重奏曲ヘ長調
- 弦楽四重奏曲イ長調
- 弦楽四重奏曲ニ短調
- 弦楽三重奏曲ニ短調 作品45
(すべてベリャーエフ社より出版)
このほかに、楽理に関する著作も残している。
セルゲイ・ディアギレフは、アナトーリ・リャードフがバレエ音楽《火の鳥》を完成させられないと知るや、新たな候補にソコロフの名を思い浮かべたが、結局ストラヴィンスキーに打診したという、いかにもありがちな話が伝えられている。このエピソードは、スティーヴン・ウォルシュ著のストラヴィンスキー伝にも引用されている(しかし、2002年刊のPimlico版ではこのエピソードはカットされている)。
著作
- Sokolov, N. LinkImitatsii na cantus firmus; posobie pri izuchenii kontrapunkta strogogo stilia. Leningrad: Izd. Gosudarstvennoi konservatorii. 1928.