ニコラ・グラッシ

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生誕 (1682-04-07) 1682年4月7日
ズーリオ
死没 1748年10月6日(1748-10-06)(66歳没)
ヴェネツィア
ニコラ・グラッシ
Nicola Grassi
ニコラ・グラッシ作のChiesa di San Francesco della Vignaの装飾画「井戸の側のサマリアの女」(1715/1720)
生誕 (1682-04-07) 1682年4月7日
ズーリオ
死没 1748年10月6日(1748-10-06)(66歳没)
ヴェネツィア
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ニコラ・グラッシ または ニコロ・グラッシ(Nicola Grassi または Nicolò Grassi、1682年4月7日 - 1748年10月6日)はイタリアの画家である。ヴェネツィア派の画家の一人である。

イタリア北東部のフリウーリ地方のズーリオで仕立て屋の息子に生まれた[1].。以前はズーリオのアントニオ・カルメオ(Antonio Carneo: 1637-1692)という画家に学んだ後、ヴェネツィアの画家、ニッコロ・カッサーナ(Nicolo Cassana: 1659-1713)に学んだとされていたが[2]、グラッシの父親が1691年にすでにヴェネツィアで働いていた記録があり、初めからカッサーラの弟子になった可能性がある[3]

1712年にはヴェネツィアの画家組合に名前が見られ、フリウーリの画家組合のメンバーでもあった。1713年にヴェネツィアの教会(Chiesa di San Francesco della Vigna)の礼拝堂の装飾画を描いた。

1715年ころの作品など初期の作品には同時期のヴェネツィアの画家、ジョヴァンニ・バッティスタ・ティエポロ(1696-1770)の作品と同じように、フェデリコ・ベンコビッチ(Federico Bencovich 1677–1753)やジョヴァンニ・バッティスタ・ピアッツェッタ(1683-1754)らのテネブリスムの影響が見られる[4]

1723年からトリノなどで働き、3年後の1726年にヴェネツィアに戻った。1747年までヴェネツィアの画家ギルドである「Fraglia」の会員として働いた。

1748年にヴェネツィアで没した。

作品

脚注

参考文献

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