ニコラ・シカール

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生誕 1846年1月9日
フランス,リヨン
死没 1920年1月1日
フランス,リヨン
ニコラ・シカール
Nicolas Sicard
生誕 1846年1月9日
フランス,リヨン
死没 1920年1月1日
フランス,リヨン
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狩りをする2人のベドウィン

ニコラ・シカール(Nicolas Sicard、 1846年1月9日 - 1920年1月1日 )はフランスの画家である。風俗画や戦争画、「オリエンタリズム」の絵画を描いた。リヨン国立高等美術学校の教授、校長も務めた。

リヨンで生まれた。父親は薬剤師であり、アマチュア画家であった。父親から美術を学び、12歳でリヨン国立高等美術学校に入学し、ヴィベール(Victor Vibert)やダンギン(Jean-Baptiste Danguin)から版画を学んだ。1861年にリヨンの美術愛好者協会の展覧会で絵画、版画で1等を受賞した。

1865年から1868年の間はリヨンの装飾画家、アントワーヌ・スブレの工房で働き、1869年に23歳でサロン・ド・パリにデビューした。普仏戦争が始まり、絵の修行を中断し、兵士に召集されパリ防衛の任務に就いた。この時の軍務の経験から、戦争を題材にした絵も描くことになった。

1872年からリヨンとパリの両方の展覧会に出展し、人気のある画家になり、批評家の評価も高まった。スペインも旅した。1881年に父親が亡くなり、リヨンに戻り、その後はリヨンで活動した。1882年に結婚した。リヨンの美術団体や画家協会に入会し1888年にリヨン美術館の諮問委員となり、リヨン国立高等美術学校の教授になった。1894年に校長に任じられた。

目が悪くなって1918年に校長を辞めるまで美術学校は4人の学生がローマ賞を受賞するなどの成果を上げた。1900年にレジオンドヌール勲章(シュヴァリエ)を受勲した[1]

作品

脚注

参考文献

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