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ニコラ・ベルニエ

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ニコラ・ベルニエの肖像
(Etienne Ficquetによる版画)

ニコラ・ベルニエ(Nicolas Bernier, 1664年6月28日 - 1734年9月5日)はフランスのパリを中心として活躍したオルガニストで作曲家。当時の宗教音楽、カンタータの代表的な作曲家の一人であった。

1664年6月28日、パリ郊外のMantes-sur-Seine(現マント=ラ=ジョリー)生まれ。生地と、近くのエヴルーで初期の音楽教育を受ける。後にイタリアでアントニオ・カルダーラの教えを受けたといわれるが[1]はっきりとした証拠はない。

1694年9月17日にシャルトル大聖堂の聖歌隊指揮者に就任、1698年3月18日にはジャン=フランソワ・ラルウェットの後任としてパリ中心のサン=ジェルマン=ロクセロワ教会の聖歌隊指揮者に就任した。
1700年には『テ・デウム』がフォンテーヌブロー宮殿でルイ14世の前で演奏されて成功を収め、王室の保護を受けるようになる[2]。

1705年4月5日にマルカントワーヌ・シャルパンティエの後任としてパリのサント=シャペルの音楽監督に就任し、この職を1726年11月18日に王立礼拝堂の教育係に就任するために辞任するまで勤めた。その間、1712年6月20日にマラン・マレの娘のマリー=カトリーヌ・マレと結婚している。

作品

脚注

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