ニコラ・レニエ
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現在のフランス、ノール県のベルギーとの国境の町、モブージュで生まれた[1]。アントウェルペンの画家、アブラハム・ヤンセンスの工房の見習いとなった。アブラハム・ヤンセンスはローマを訪れたことがあり、カラヴァッジオの影響を受けた、北ヨーロッパの数少ない画家であった。
1616年頃イタリアのパルマに移り、しばらく働いた後、1620年代のはやくにローマに移った[2]。カラヴァッジオは1610年に没していたので、「カラヴァジェスティ」のバルトロメオ・マンフレディ(Bartolomeo Manfredi:1582-1622)らに学び、カラヴァッジオのスタイルの絵画を製作した。
アカデミア・ディ・サン・ルカでの地位を高めた。フランスからローマに来ていたシモン・ヴーエとも交流した。カラヴァッジオの作風に古典主義の様式を加えたグイド・レーニの作品を見て作風を変えていった。
1625年に理由は知られていないがローマからヴェネツィアに移った。ヴェネツィアでは絵の取引、収集も行い、没するまでヴェネツィアで働いた。美人として有名な4人の娘を持ち、その一人、クロリンダ(Clorinda Renieri)は画家のピエトロ・デラ・ヴェッキアと結婚し、ルクレチアも画家のヴァン・デン・ディック(Daniel van den Dyck)と結婚した。画商としては、ヴェネツィアの巨匠のスタイルをたくみに模倣したデラ・ヴェッキアの作品を売ったとされている。