ニコル・パカン

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出生名 Nicole Josiane Desbiolles-Brüninghaus
生誕 (1939-03-07) 1939年3月7日
死没 (2011-04-22) 2011年4月22日(72歳没)
フランスの旗 フランス アヌマッス
ニコル・パカン
Nicole Paquin
ニコル・パカン(彼女の息子、ヴィルヘルム・デビオール=ブリュニンハウスの個人コレクションからの写真)
基本情報
出生名 Nicole Josiane Desbiolles-Brüninghaus
生誕 (1939-03-07) 1939年3月7日
出身地 フランスの旗 フランス パリ12区
死没 (2011-04-22) 2011年4月22日(72歳没)
フランスの旗 フランス アヌマッス
ジャンル ロックンロール
職業 歌手
担当楽器 ギターボーカル
活動期間 1958年 - 2011年
レーベル ポリドール

ニコル・パカンNicole Paquin1939年3月7日 - 2011年4月22日)は、フランスロックンロール歌手女優である。本名:ニコル・ジョジアン・デビオール=ブリュニンハウス(Nicole Josiane Desbiolles-Brüninghaus)。

1940年、フランスの首都パリにニコル・デビオールとして生まれる。

1958年、フランスで最初にロックンロール・スタイルの音楽を歌う人物のひとりとなる。パカンの楽曲は、すべてアメリカのスタンダード・ナンバーの翻訳物であった。1961年には、エルヴィス・プレスリーの「本命はお前だ」(Stuck on You、1960年)を翻訳した「コム・アン・クルー」(Comme Un Clou、「クギのように」の意)、フィル・スペクターの楽曲「モン・マリ・セ・フランケンシュタン」(Mon Mari C'est Frankenstein、「私の夫はフランケンシュタイン」の意)というパカンの2大ヒット曲が生まれている。

1961年1月29日に放映されたテレビ映画『処刑』(L'Exécution)に出演し、フランスのテレビ界において、初めてヌードになった女性にもなっている。同年、ジャン=リュック・ゴダール監督のミュージカル・コメディ映画『女は女である』にも出演した。

1962年には、パカンはロックをやめてしまうのだが、それは環境があまりにミソジニー(女性嫌悪)すぎることに気づいたからであった。1966年にほんのわずかであるが、「レ・ミネ」というバンドのメンバーとして復活した。

2011年に72歳で亡くなった[1]

ディスコグラフィ

シングル

  • "Oui Je T'aime" / "Mon Mari C'est Frankenstein" (1961年)
  • "Oui Je T'aime" / "Oui J'en Veux" / "Mon Mari C'est Frankenstein" / "Tu Es Venu" (1961年)
  • "Comme Un Clou" (1961年)
  • "A Quoi Cela Sert De Pleurer" / "Pour Quelques Jours Encore" (1966年)
  • "Les Minets" (1966年)

フィルモグラフィ

脚注

外部リンク

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