ドホーク県アメディ地区に生まれる。1993年、モースル大学から機械工学の学位を取得し卒業[1]。1990年代を通して、スレイマニヤやバグダードで物理教師として生活していた[2]。
1990年代にクルディスタン愛国同盟 (PUK) に入党[2]して以降、イラク戦争後の連邦政府とクルディスタン自治政府の連絡調整役など、さまざまな役職を経てきた。2005年から2008年までジャラル・タラバニの個人秘書を務め、2008年にタラバニが大統領に就任すると、2014年まで大統領府長官を務めた。その後のフアード・マアスーム(2014年 - 2018年)、バルハム・サリフ(2018年 - 2022年)、さらに2022年に就任したアブドゥルラティーフ・ラシードの歴代大統領のもとでも秘書長を務めた[2]。
2022年12月3日、新首相ムハンマド・シヤーア・スーダーニーのもとでイラク連邦政府の環境相に就任したが、政治活動に集中したいとして2024年10月25日に辞任した。その後、バグダードのPUK政治局長に就き、首都における同党の政治活動を監督した[2][3]。
2024年9月18日にはイラク国内の差し迫った環境問題に対処するため、環境省が国際連合開発計画 (UNDP) およびアメリカ合衆国国際開発庁 (USAID) と共同で策定した「イラク環境保護・環境改善国家戦略」を公表した[4]。
イラクでは2003年以降、非公式なムハササ権力配分合意のもとで、首相はシーア派、国会議長はスンニ派、大統領はクルド人とする慣行が続いてきた[5]。さらにクルディスタン民主党 (KDP) とPUKのクルド系二大政党のあいだでも、連邦政府の大統領はPUKから出す代わりに、クルディスタン自治政府の大統領にはKDP出身者が就くという合意が成立していた。しかし、2026年に行われた連邦政府の大統領選では、PUKのアメディ候補に対してKDPがフアード・フセインを推薦し、争いとなった。この影響で、2025年12月と翌年2月の議会では投票が延期された。さらに、連邦政府の首相は大統領の指名を経て就任することとなっているため、2025年11月の総選挙以降、5ヶ月にわたって新首相を任命できない事態も生じた[6][7][8]。
最終的に、2026年4月11日に連邦下院で行われた決選投票で、クルディスタン・イスラム同盟のムタンナ・アミンに227票対15票で勝利し、アーミーディーが大統領に当選した。第一回投票でもアーミーディーが208票を得て大きくリードしていたが、当選に必要な3分の2にあたる220票には届かなかったため決選投票に持ち越されていた[7][8][9]。KDPはアーミーディーをクルド人の多数を代表する存在とは認めず、協力する意思もないと表明した[10]。当選後、アーミーディーは「イラク第一」の原則に基づいて統治にあたると表明したうえで、2026年イスラエルとアメリカ合衆国によるイラン攻撃によるイラク領内への攻撃を非難し、和平に向けた取り組みを支持する考えを示した[11]。