ニャーティ・ツェンポ及びヤルルン王家の起源について、チベット神話では次のように記されている[1]。
インドの王家に異形の子が生まれた。王はその子をガンジス川に捨て、その子は漁師に拾われて育てられた。その子は成長し親に捨てられた出自を知り、悲しくなってガンジス川を遡って雪山(ヒマラヤ)に向かった。そして、ラリロルポの頂に降って、おもむろにご覧になると、「山はヤルラシャンポがよい、地はヤルルンがよい」と知り、ツェタンのヤルラシャンポ山に降った。それを見た土地の首領たちが「どこから来たのか」と尋ねると、その子は天を指さしたので、「この子は天から降りてきた神の子だ、われわれの王に頂こう」と、みなで御神輿に担いだので、最初のチベット王は「ニャーティ・ツェンポ」(頸座王)といわれた。それから名前の一部にティという文字を持つ七人の王が続いたが、彼等はいずれも子息が馬に乗れる年齢に達すると、頭頂から天に向かって伸びている綱(ム)の中に肉体を虹のように溶け込ませて消えていった。したがって、「天の七ティ」の陵は天に建てられたが、次に現れたディグム・ツェンポ王の時、天とつながるムが切れて、それ以後王は地上に体を残すようになった。