ニーシャープール
イランの都市
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ニーシャーブール(ペルシア語: نیشابور、発音 [niːʃɒːˈpuːɾ] (
音声ファイル)、英語: Neishaboor)は、イラン北東部のラザヴィー・ホラーサーン州の都市。人口は270,972人(2006年時点)。
| ニーシャーブール نیشابور | |
|---|---|
| [[ファイル:
From top to bottom & from left to right: Mausoleum of Omar Khayyám, Shah Abbasi Caravansarai, Mausoleum of Attar of Nishapur, Imamzadeh Mohammad Mahrouq & Khayyam's garden, An archeological discovery of Nishapur, Bagh-e Meli of Nishapur, Khanate Mansion of Amin Islami, Kamal Al-Molk Tomb and the Wooden Mosque of Nishapur. | |
| 位置 | |
| 座標 : 北緯36度12分 東経58度48分 | |
| 行政 | |
| 国 | |
| 州 | ラザヴィー・ホラーサーン州 |
| 郡 | ニーシャーブール郡 |
| 市 | ニーシャーブール |
| 人口 | |
| 人口 | (2006現在) |
| 市域 | 270,972人 |
| その他 | |
| 等時帯 | イラン標準時 (UTC+3:30) |
| 夏時間 | イラン夏時間 (UTC+4:30) |
地理
産業
歴史
ニーシャーブールは地中海やアナトリアと中国を結ぶシルクロードに位置しており、戦略的に重要な町でイラン高原と中央アジアを分ける境界であった。
町は3世紀、サーサーン朝のシャープール1世によって創建され、その名が付けられた。近くに豊富なトルコ石を産する鉱山がアリ・メリサイ山(mount ali mersai)にあった。その後、一時期衰退するが、9世紀にターヒル朝がこの地に生まれるとニーシャプールはその都となり、バグダードやカイロに比肩するほど盛隆し、ヨーロッパに輸出する陶磁器の生産で再び重要な町に返り咲いた。
セルジューク朝の祖であるトゥグリル・ベグは1037年、この地に宮殿を造営し、ここでスルターンを名乗った。1221年、チンギス・カンの娘婿がこの地で殺されると、モンゴル帝国はこの地を破壊、住民を虐殺した。陶芸の窯も失われた。
詩人ウマル・ハイヤームはニーシャーブールで生まれ、郊外に葬られている。12世紀の詩人ファリード・アド=ディーン・アッタールの廟もある。