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アルボルズ山脈

イランの山脈 From Wikipedia, the free encyclopedia

アルボルズ山脈(ペルシア語: البرز, ラテン文字転写: Alborz, 英語: Alborz)は、イラン北部のカスピ海を臨む山脈である。ヨーロッパ語経由でエルブルズなどと転訛して表記することもある。最高峰はダマーヴァンド山で、イランで最も高い。首都テヘランは、ダマーヴァンド山の西南西約60kmの位置にある。名前はゾロアスター経典の伝説的な山に因む。

テヘランから見えるアルボルズ山脈
カスピ海とテヘランの間に横たわる山脈

地質

山脈はデボン紀から古第三紀漸新世の堆積岩で構成される。デボン紀砂岩やジュラ紀の石炭質頁岩が陸成で、石炭紀・ペルム紀の石灰岩が海成である。アラビアプレートとユーラシアプレートの衝突とアルプス造山運動の影響が新第三紀鮮新世まで続き褶曲構造が形成された。古第三紀始新世には大規模な溶岩・凝灰岩が噴出した。

地形

どこからどこまでを「アルボルズ山脈」と呼ぶかという定義にもよるが、最も広く定義した場合、アルボルズ山脈は、イランとアゼルバイジャンの国境付近を西端として、そこからカスピ海の南岸を走り、ホラーサーン地方のあたりを東端とする、東西900キロメートルの長さの山脈である[1]。南北の幅は狭いところで60キロメートル、太いところで120キロメートル[2]。北側のカスピ海沿岸低地(海抜-26m)と南側のイラン高原(海抜1,100m - 1,500m)を区切る連続した大きな壁であり、南北それぞれの地域の気候と生物多様性に大きな影響を与えている[2]。

山脈を分断する隘路がいくつかあるが、そのうち最も大きなものがセフィードルード川である[2]。山脈はこの川により造られた隘路により東西に分かれる[2]。西側は「ターリシュ山脈」あるいは「ボグロフ・ダーグ Bogrov Dāgh」とも呼ばれる[1]。西側のアルボルズ山脈(western part of Alborz)の南西には、タフテ・ソレイマーンのような海抜4,000メートルを超える山や平均標高2,800メートルのカズヴィーンやターレガーンの山脈が並走し、これらの山々の間の谷を縫って流れる川が、最終的にセフィードルード川に合流する[2]。

名称と伝説

「アルボルズ」(Modern Pers. Alborz)という現代ペルシア語の名称は、『アヴェスター』やゾロアスター教文献に登場する古代イラン神話上の山脈「ハラー・バラザイティー(英語版)」(Av. Harā bərəzaitī, Mid. Pers. Harborz)の名に由来する[3]。古代イラン人(アーリヤ人)の宇宙観において、ハラー・バラザイティーは、世界の果てにある[3][4]。『アヴェスター』によると、毎日、太陽がその山脈の中に入り、再びその山脈の中から出てくる[3][4]。最高峰の周りを星々が回る[3][4]。ミスラ神の御座所であり、暑くも寒くもないところなどと謳われている[3][4]。『メーノーグ・イー・フラド』によると、星々や月、太陽が通るための窓が、いくつも山中に開いているとの伝説がある[4]。

そのほかにも、「アーリヤ人の原郷であるところから聳え立つ(パフラヴィ―語文献)」「3年に一度、非アーリヤ人がイランに攻め込み、世界最終戦争を闘うために、その山の頂に集合する(『ブンダヒシュン』)」「アルボルズの山の頂ではチャムルーシュという鳥が棲み、イラン外からやってきた者を、あたかも穀物をついばむように、ついばむ」などの伝説がある[4]。『シャー・ナーメ』では、アルボルズはインドにある山脈ということになっている[3][4]。同書において、フェリードゥーン王子の母親は、アルボルズの山中で王子を産み落とす[4]。また、霊鳥スィーモルグは「太陽に近く、人里離れたアルボルズ」に巣を作っている[4]。

現代ペルシア語で「アルボルズ」と呼ばれている山脈が、いつごろからその名で呼ばれるようになったかという問題については、はっきりしたことが言えないが、14世紀のハムドッラー・モストウフィーの著作が書かれる頃にはすでに定着している[3]。そもそも大きな山脈はすべて「アルボルズ」又はその派生的な名前で呼ばれていたようである[3]。コーカサス山脈の最高峰の名称「エルブルース」(Modern Pers. Elbrũs)も「アルボルズ」と根を同じくする名称であることが明らかである[3]。なお、アッシリア人はアルボルズ山脈の最高峰ダマーヴァンド山を Bikni と呼んでいた[3]。

外部リンク

出典

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