若くしてソブーザ2世と婚姻し、ムスワティ3世を儲けた。1982年、ソブーザ2世は死の直前にヌトンビとゼリーウェ(英語版)を共同摂政に任命させた。
直ちに国王を選定する王室諮問評議会が開かれ、マコセティブ王子が国王に選出され、同時にゼリーウェ王妃が摂政に選ばれた[1]。しかし、ゼリーウェ王妃は当時の首相マバンドラ・ドラミニ(英語版)と対立し、1983年に解任された。その後、ヌトンビが3年間、摂政を務める。しかし、実権を握っていたのはヌトンビではなく、ソジサ・ドラミニ(英語版)王子だった。
1986年に息子が即位すると、王母(ンドロブカティ)の称号が与えられると同時に共同元首であることが宣言された[2][3][4]。