ネフェルヘテプ3世
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即位名はセケムラー・スアンクタウイ。トリノ王名表の記述によれば1年間統治した[1] 。前任の王はセベクヘテプ8世と見られる[2]。 テーベ出土の石碑から事績が知られる[1][3][4]。その文中でテーベを繰り返し「我が都」と表現していることから、テーベを本拠としていたと思われる[5] 。 また、都市に食料を供給し、民衆を飢餓から救った自らの功績を讃えている[6]。即位名のセケムラー・スアンクタウイは「強大なるラー、二つの地を富ませる者」という意味であり、この時代のエジプトが飢饉に見舞われたことを示唆している。 石碑では、異邦人との争いに沈んだ彼の町を復興したとも称えられており、ヒクソスとの争いがあった事を示唆している[1]。
ネフェルヘテプ3世を含むテーベの王たちに関係する遺物は北の第7県フウから南のエドフまで、ナイル川流域の200㎞圏内に分布しており、彼らの領土がテーベ周辺の限られた地域だった事が覗える。
脚注
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出典
- 1 2 3 Kim Ryholt, The Political Situation in Egypt during the Second Intermediate Period c.1800-1550 B.C, Museum Tusculanum Press, (1997), p.202
- ↑ Darrell D. Baker: The Encyclopedia of the Pharaohs: Volume I - Predynastic to the Twentieth Dynasty 3300–1069 BC, Stacey International, ISBN 978-1-905299-37-9, 2008, pp. 256-257
- ↑ Pascal Vernus (1982): "La stèle du roi Sekhemsankhtaouyrê Neferhotep Iykhernofret et la domination Hyksôs (stèle Caire JE 59635)", ASAE 68, pp.129-135.
- ↑ W. V. Davies, The Origin of the Blue Crown, The Journal of Egyptian Archaeology, Vol. 68, (1982), pp. 69-76
- ↑ Ryholt, p.160
- ↑ Ryholt, p.306
参考文献
- エイダン・ドドソン、ディアン・ヒルトン『全系図付エジプト歴代王朝史』池田裕訳、東洋書林、2012年5月。ISBN 978-4-88721-798-0。
- K.S.B. Ryholt, The Political Situation in Egypt during the Second Intermediate Period, c.1800-1550 BC (Carsten Niebuhr Institute Publications, vol. 20. Copenhagen: Museum Tusculanum Press, 1997).
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