ノーマン・ラムゼー
アメリカの物理学者
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経歴

ワシントンD.C.生まれ。父の米軍での軍務の関係で、一家はパリを含む欧米各地に頻繁に転居する生活を送った。1935年にコロンビア大学を卒業後、1940年に同大学院のイジドール・イザーク・ラービの指導下で、物理学のPh.D.を取得し、1947年にハーバード大学に移るまで在籍した。コロンビアの学部時代には、モーリス・ゴールドハーバー(Maurice Goldhaber)に学び、交換留学制度(ケレット・スカラーとして)でケンブリッジ大学にも留学した。ワシントンD.C.のカーネギー研究所研究員として中性子-陽子散乱およびヘリウム原子核による中性子散乱を研究した。第二次世界大戦中は、MIT放射線研究所でレーダー研究に従事し、1943年からはロスアラモスで原子爆弾開発のためのマンハッタン計画に参加した。終戦後はコロンビアの教授に就任した。
1947年から1986年に退職するまでの約40年にわたり、ハーバード大学の物理学の教授に就いたほか、NATO事務総長の科学顧問、アメリカ原子力委員会などの機関や政府の要職を務めたほか、アメリカ合衆国エネルギー省傘下のブルックヘブン国立研究所とフェルミ国立加速器研究所の設立に貢献した。
受賞歴
- 1960年 アーネスト・ローレンス賞
- 1984年 IEEE栄誉賞
- 1985年 IEEE I・I・ラービ賞 (IEEE)
- 1988年 エルステッド・メダル、アメリカ国家科学賞
- 1989年 ノーベル物理学賞
- 1990年 ディラック・メダル(ニューサウスウェールズ大学より)
- 1995年 ヴァネヴァー・ブッシュ賞