ハイラム・ビンガム
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ハイラム・ビンガムはバーモント州ベニントンで生まれた。ミドルベリー大学とアメリカ会衆派のアンドーヴァー神学校を出ている。
シビル・モーズリー(Sybil Moseley Bingham)と結婚して、1819年10月23日に2人は、神学校同窓のエイサ・サーストンなどと共にアメリカン・ボードから派遣されて、ボストン港をサッデウス号(Brig Thaddeus)で出発した。1820年にハワイ島へ到着して、4月19日にはオアフ島ホノルルへ移った。
カメハメハ大王の死後ハワイ王国の執権を握ったカメハメハの妻カアフマヌ女王に取り入り、キリスト教を広めると同時に、様々な政治的な言動を行なった。カトリック布教を短期間であったが禁止させ、これはカトリックとプロテスタントの対抗もあったが、フランスの影響をとどめる意味もあった。
ハイラムはホノルルに「カワイアハオ教会」を創立して、現在の教会堂は1836年から1842年にかけて建設されている。ビンガム夫妻はカアフマヌから与えられたマノア・バレーにある邸宅に住み、そこは現在プナホウ・スクールになっている。
ハワイ語訳聖書と聖歌
帰還
子孫
息子ハイラム・ビンガム2世(Hiram Bingham II、1831年 - 1908年)もハワイの宣教師になった。孫のハイラム・ビンガム3世は冒険家で、マチュピチュを世界へ紹介したことで知られている。

