ハインリヒ・フォン・ツューゲル
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シュトゥットガルトに近い、ムルハルト(Murrhardt)で生まれた。1867年にシュトゥットガルトの美術学校に入学し、ベルンハルト・フォン・ネーアー(Bernhard von Neher)、ハインリヒ・フォン・ルスティーゲに風俗画や動物画を学んだ。1869年からミュンヘン美術院に移り、しばらくウィーンに学んだ後、ミュンヘンに戻り、動物画を得意とするアントン・ブライト(1836-1905)に指導を受けた。
1880年代はじめはバイエルンのダッハウ近くの高地の風景を描き始め、野外の風景の中での動物をモチーフにした。オランダやベルギーの沿岸地域を訪れ、フランスも訪れ、印象派の手法を取り入れた。
1893年にベルリンの展覧会で賞を受賞し、1895年にミュンヘン美術院の教授に任じられ、その仕事を1922年まで続けた。弟子にはディル(Otto Dill)、ヘーゲンバルト(Emanuel Hegenbarth)、ユングハンス( Julius Paul Junghanns)、シャド(Christian Schad)、ザイラー(Julius Seyler)、シュトゥンプ(Wilhelm Stumpf)、エルランゲル(Philipp Erlanger)らがいる。
ミュンヘン分離派の創立メンバーとなり、ドイツ画家協会(Deutscher Künstlerbund)の初期会員であった[1]。