ハドラマウト
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地理
歴史
→「イエメンの歴史」および「ジャーヒリーヤ」も参照
シバームを王都とするハドラミ人のハドラマウト王国(紀元前8世紀 - 3世紀)が栄えた。イスラム以前の時代からアラブ人による王国も存在し、交易の中継地として栄えた。
イスラム受容後は、イエメンに起こった諸王朝(ラスール朝)やイエメンを中心に活動するザイド派のイマーム(イエメンのイマーム)の支配を受けたが、16世紀に土着のカスィーリー王国が起こった。19世紀にはさらにクアイティー王国が起こり、ハドラマウト地方は両王国の支配地域に分かれて対立したが、まもなく両王国ともイギリスの保護を受け入れ、イギリス保護領のスルターン国となった。1935年1月にはフレヤ・スタークが、ムカッラーからワーディー・ドアーンのハジャライン、サイウーンやタリームを踏破している。1936年から1937年にかけてイギリスの探検家ジョン・フィルビーが一帯を探査して、古代の主邑シャブワにも到達している。1967年、南イエメンが独立するとその一部になり、1990年の南北イエメン統合後はハドラマウト県(governorate, محافظة)になっている。