ハリー・T・オオシマ
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1940年にハワイ大学で学士号を取得。第二次世界大戦中はアメリカ戦略情報局(OSS)にて勤務。戦後にニューヨークの全米経済研究所(NBER)、国際連合統計局に勤務。1954年から1957年まで、スタンフォード大学にて講師・研究員を務める。1956年にコロンビア大学で経済学博士号(Ph.D.)取得。博士論文ではアジア諸国の国民所得統計の信頼性と有用性を評価。1957年から1959年までワシントン大学 (ワシントン州)で助教授。1959年から1961年まで東京の大学で客員研究員。1961年から1973年までハワイ大学経済学部教授。1966年から1969年までシンガポールで研究および教育活動に従事。1968年から1971年までイースト・ウエスト・センターおよびハワイ大学経済研究センターにてシニアフェロー。1972年から1983年までロックフェラー財団のフィリピン代表。1980年代初頭にインドネシア、タイ、フィリピンで客員教授。1990年代にフィリピン大学で客員教授、東西センターで客員フェロー。1996年に晩年の代表作「The Role of Social Values in the Growth of Asian Economies」を『Journal of the Asia Pacific Economy』に発表。1998年3月15日に死去(80歳)。葬儀はホノルルのホソイ葬儀場にて行われた。
学術的業績
- 国民所得統計に関する計測手法を国連時代に開発。師であるサイモン・クズネッツ(ノーベル経済学賞受賞者)とともに、発展途上国の統計制度向上に寄与[2]。
- アジア諸国の経済構造に関する研究では、小規模な自給的生産と地域的交換が戦後経済の中心であると分析[2]。
- 学術誌の編集委員としても活動[2]。
私生活
ホノルル出身。妻チエとの間に2人の息子(ニール、エヴィン)と3人の孫がいる。姉妹にドリス・カサハラ、ヨシエ・ウエキ、ヒサエ・オオシマがいる[2]。