ハンガー反射
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発見と研究の歴史
この現象は、1995年1月20日に『探偵ナイトスクープ』において「金属製ハンガーを頭にはめると自然に首が回る」現象として紹介され、その後もたびたびバラエティ番組でとり上げられてきた。本現象に関する体系的な報告は日本の研究者である梶本裕之(電気通信大学)らによって2000年代後半に報告され、その際にハンガー反射と命名された。これらの一連の報告においては、「側頭部前方と、反対側の後頭部側方への圧迫により頭部回旋が誘発される」とされている[1][2]。
ハンガー反射の医学分野への応用に関しては日本の研究者である旭雄士(金沢脳神経外科病院)らによって2000年代後半に開始された[3][4]。その主たるアイデアは、頭部回旋を伴う疾患である痙性斜頸に対して、ハンガー反射による回旋での症状改善を目指すものであった。
並行して、ハンガー反射をヒューマンインタフェース分野における頭部運動提示に応用する研究がすすめられた。2000年代終盤には、頭部回転感覚を触覚刺激で提示する装置が提案されている[5]。さらに、身体の他部位(腕・腰・頬など)にも同様の現象が生じることが報告され、ハンガー反射を利用したデバイスの開発が継続的に進められている[6]。
なおハンガー反射と非常によく似た現象がJ. E. Christensenによって1991年に報告されている[7]。この報告では痙性斜頸の新しい治療法に関連して、段ボール箱を頭からかぶることによって頭部回旋を生じさせ得ることを示している。これは現在ハンガー反射として知られている現象そのものであると考えられる。
原理と仮説
ハンガー反射の神経生理学的な機構は完全には解明されていないが、いくつかの仮説が提示されている。
これらの仮説は、皮膚刺激と運動の相互作用を説明する上で重要な手がかりを与えるとされている。特に皮膚せん断刺激仮説に関しては、顔面部の皮膚を軽く牽引するだけでハンガー反射を生じさることが確認されており[8]、ハンガー反射において皮膚の圧迫そのものは必須要件でないことを示唆している。
なお皮膚の横方向変位が主要因とするなら、一般的なテーピングによってもハンガー反射を生じるのではないかと想像される。しかし一般的なテーピングの場合、テーピング開始位置で一方向の皮膚変位を生じさせると、テーピング終了位置で逆方向の皮膚変位を生じる場合が多く、これらの効果が相殺してしまう。これが単純なテーピングではハンガー反射がほとんど見られない要因と考えられる。これに対してハンガー等を用いた圧迫では、複数の皮膚接触部位において同一の頭部回旋方向の皮膚変位が生じるため、こうした相殺が生じない。これがハンガー反射において皮膚を軽く圧迫する装置が必要に見える理由の一つと考えられる。
ハンガー反射は振動の付与によって増強することも知られている[9]。この増強が皮膚感覚の強調によるものか、固有感覚との協調によるものかは明確にはなっていない。
ハンガー反射の原理検証に向けた神経生理学的な研究はいくつか行われている。例えばハンガー反射誘発中に前庭反応が非対称に低下することが発見されている[10]。またハンガー反射を生じている際の頸部の表面筋電図の計測が行われている[11]。
装着方法

前述のようにハンガー反射を生じるためには皮膚の「横ずれ」が必要となる。このため装着の際にはこの横ずれを生じやすい装着方法を意識する必要がある。金属ワイヤ製のハンガーを用いる場合、三角形の長辺が前側頭部に当たるようにすると誘発されやすい(引用文献[12] Movie1を参照)。この時、頭部の形状が真円でないことから、ハンガーは頭部の長軸方向に沿うように回旋しようとし、接触部に皮膚の横ずれを生じる。この横ずれに従うように頭部回旋を生じる。例えば右側頭部前方を圧迫すると右回旋を生じ、左側頭部前方を圧迫すると左回旋を生じる。
この観察から、頭部断面が真円に近いとハンガー反射は生じにくいことがわかる。これがハンガー反射の個人差の原因の一つとなる。またハンガー反射に対する説明として時折みられる「知覚される外力に対する「反発」」は考えにくいことが分かる。
ハンガー反射は応用においては金属ワイヤ製ハンガーを用いることは稀であり、金属または樹脂製の楕円形リングを用いたり、その内側に空気圧などによるアクチュエーション機構を内蔵する場合がある[13]。いずれの場合も皮膚の横ずれの効率的な発生を促している。
応用分野
ハンガー反射の応用研究は、主に医療・工学分野で行われている。
- ジストニアへの適用

前述のようにハンガー反射のジストニアへの適用は、1991年のChristensenの報告に源流を見ることができる。現在に至るまで複数の適用例が報告されている[12][14][15]。その多くは頚部を対象としたものであるが、ランナーのジストニアに対して足首にハンガー誘発装置を適用したものや[16]、上肢のジストニアに対して前腕に同装置を適用したものも報告されている[12]。
これらの応用では、金属製ないし樹脂製の輪を用いたものが多く用いられ、製品化も行われている[17][18][19]。楕円形の輪を頭部に装着し、回しずらすことによって、輪の弾性力が側頭部前方に加わる。これによって前述のハンガー反射を生起させる部位に適切な圧力が加わり、皮膚変形が引き起こされる。
- リハビリテーションへの適用
遠隔リハビリテーションのために全身のハンガー反射を利用したものが報告されている[20]。また、脳卒中後のlateropulsionに対するリハビリテーションにハンガー反射を応用した報告がされている[21]。
- ヒューマンインタフェースとしての応用
ハンガー反射は皮膚の横ずれによって生じるため、頭部のみならず身体全体で生じさせることができる。このことを利用して多くのヒューマンインタフェース分野への応用が進められている。
頭部のハンガー反射に関しては、ヘッドマウントディスプレイと組み合わせることで、頭部回転感覚を触覚的に提示する研究が行われている[22]。またハンガー反射を利用し遠隔地の人の頭部を回転させることで相手の頭部回転感覚を直感的に共有できる装置も提案されている[23]。
腰部ハンガー反射を用いた応用では、歩行制御が可能となることが知られている[24][25]。腰部へのハンガー反射は身体の重心移動を伴うことから、いわゆるパーソナルモビリティへの応用も可能となることが報告されている[26]。
肩を持ち上げるタイプのハンガー反射装置が開発されている[27]。また肘の回旋を促すハンガー反射装置が開発されており、手首のハンガー反射と併用されている[28]。
ハンガー反射と他の運動生起手段を組み合わせることでより効率的あるいは相補的な運動教示に用いる試みが行われている。例えば筋電気刺激との組み合わせが提案されている[29]。
