ハード・プロミス
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| 『ハード・プロミス』 | ||||
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| トム・ペティ&ザ・ハートブレイカーズ の スタジオ・アルバム | ||||
| リリース | ||||
| 録音 |
カリフォルニア州ヴァン・ナイズ サウンド・シティ・スタジオ、カリフォルニア州ハリウッド チェロキー・スタジオ[1] アディショナル・レコーディング:グッドナイトL.A.スタジオ[1] | |||
| ジャンル | ロック、ロックンロール | |||
| 時間 | ||||
| レーベル | バックストリート・レコード/MCAレコード | |||
| プロデュース | トム・ペティ、ジミー・アイオヴィーン | |||
| 専門評論家によるレビュー | ||||
| チャート最高順位 | ||||
| トム・ペティ&ザ・ハートブレイカーズ アルバム 年表 | ||||
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『ハード・プロミス』(原題:Hard Promises)は、トム・ペティ&ザ・ハートブレイカーズが1981年に発表した4作目のスタジオ・アルバム。
共同プロデューサーのジミー・アイオヴィーンは当時、スティーヴィー・ニックスの初のソロ・アルバム『麗しのベラ・ドンナ』(1981年)も手がけており、その縁からペティはニックスをイメージして「インサイダー」を書いたが、最終的には同曲を自身のアルバムに収録し、ニックスには「嘆きの天使」(原題:Stop Draggin' My Heart Around)を提供した[6]。なお、ニックスは本作収録曲「インサイダー」および「ユー・キャン・スティル・チェンジ・ユア・マインド」にゲスト参加している[1]。また、前述の「嘆きの天使」および本作の「ウーマン・イン・ラヴ」では、ドナルド・ダック・ダンがベースでゲスト参加した[7]。
レーベル側は、前作『破壊』(1979年)の成功を受けて、本作を通常のLPレコードより高値の9.98ドルで売ろうとしたが、ペティは猛反対し、発売中止またはタイトルを『Eight Ninety Eight』に変更する案を出したため、最終的にはLPの標準的な価格である8.98ドルとなった[6]。
反響・評価
アメリカのBillboard 200では5位に達し、自身2作目の全米トップ10アルバムとなった[3]。ニュージーランドのアルバム・チャートでは初登場11位となり、翌週より2週連続で1位を獲得して、合計17週トップ50入り(うち6週トップ10入り)した[2]。
Stephen Thomas Erlewineはオールミュージックにおいて5点満点中4.5点を付け「『破壊』がまぐれ当たりでないことを再確認させてくれる。前作の音楽性を引き継いでいるため、表面的には特に新鮮味がないが、ソングライティングは強力で、よく特定のサウンドにまとめ上げられたものだと思わされる」と評している[8]。