ハーヴェイ・コーマン
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| ハーヴェイ・コーマン Harvey Korman | |||||||||||||
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| 本名 | Harvey Herschel Korman | ||||||||||||
| 生年月日 | 1927年2月15日 | ||||||||||||
| 没年月日 | 2008年5月29日(81歳没) | ||||||||||||
| 出生地 |
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| 民族 | ロシア系ユダヤ人 | ||||||||||||
| 職業 | 俳優・声優 | ||||||||||||
| 活動期間 | 1950年 - 2007年 | ||||||||||||
| 配偶者 |
Donna Ehlert (1960-1977) Deborah Fritz (1982-2008) | ||||||||||||
| 主な作品 | |||||||||||||
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『ブレージングサドル』 『メル・ブルックス/新サイコ』 『メル・ブルックス/珍説世界史PARTI』 『ピンク・パンサー5 クルーゾーは二度死ぬ』 『ジングル・オール・ザ・ウェイ』 | |||||||||||||
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ハーヴェイ・ハーシェル・コーマン(Harvey Herschel Korman, 1927年2月15日 - 2008年5月29日)は、アメリカ合衆国の俳優、声優である。
1927年2月15日、母エレン・コーマン(旧姓:ブレッチャー)とセールスマンの父シリル・レイモンド・コーマンの息子としてイリノイ州シカゴに生まれる[1][2]。第二次世界大戦中はアメリカ海軍に従事し、除隊後はデポール大学で演劇を学んだ。
舞台への出演を経て、1960年に『ドナ・リード・ショー』でテレビドラマに初出演する。その後は『ルート66』や『ダニー・ケイ・ショー』などの人気番組に出演して知名度を高め、1964年にはテレビアニメ『原始家族フリントストーン』で声優デビューも果たした。1967年に始まったコメディ番組『キャロル・バーネット・ショー』ではキャロル・バーネット、ティム・コンウェイとともに番組の顔としてレギュラー出演し、お茶の間の人気を不動のものとする。『キャロル・バーネット・ショー』での演技は業界内でも高く評価され、エミー賞に7回、ゴールデングローブ賞にも4回ノミネートされた。
テレビ番組への出演と並行して、『ブレージングサドル』『メル・ブルックス/新サイコ』などのメル・ブルックス監督作品や、ピンク・パンサーシリーズ後期の作品である『ピンク・パンサーX』『ピンク・パンサー5 クルーゾーは二度死ぬ』などのコメディ映画にも出演した。かつて自らが声優を務めたテレビアニメを実写化した『フリントストーン/モダン石器時代』『フリントストーン2/ビバ・ロック・ベガス』にもゲスト出演したほか、『まんちぃず』などのパニック映画でもコミカルな演技を披露している。
1977年に『キャロル・バーネット・ショー』を降板し、自らが主演するシットコム『ハーヴェイ・コーマン・ショー』をABCのゴールデンタイム枠で開始させたが、視聴率は振るわず、番組の第2シーズン以降が製作されることはなかった。『キャロル・バーネット・ショー』で共演したティム・コンウェイとは番組降板後もタッグを組むことが多く、1980年から1981年にかけて放送されたバラエティ番組『ティム・コンウェイ・ショー』にレギュラー出演してコンウェイをサポートしたほか、2006年にはコンウェイと共同で新たなコントを収録したDVD『Together Again』をリリースした[3]。
2008年5月29日、腹部大動脈瘤破裂の合併症のため81歳で死去した[4]。遺体はカリフォルニア州サンタモニカのウッドローン墓地に埋葬されている。