ババ・アムテ
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ババ・アムテ | |
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2014年に発行された記念切手 | |
| 生誕 |
ムリダール・デヴィダス・アムテ 1914年12月26日 [1] |
| 死没 |
2008年2月9日(93歳没) |
| 国籍 |
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| 職業 | 社会活動家 |
| 著名な実績 | ハンセン病患者の支援活動 |
| 受賞 |
マグサイサイ賞(1985年) 国連人権賞(1988年) テンプルトン賞(1990年) ガンディー平和賞(1999年) |
| 署名 | |
ババ・アムテ、本名ムリダール・デヴィダス・アムテ(Murlidar Devidas Amte, 1914年12月26日 - 2008年2月9日)は、インドの社会活動家。ハンセン病患者や障害者の支援活動で知られている[2]。マグサイサイ賞、テンプルトン賞受賞者。
1914年12月26日、英領インド時代のワルダー(現マハーラーシュトラ州ワルダー県)に生まれる。彼の父デヴィダス・アムテは地元の役所に勤める公務員で、歳入部門で働いていた[3]。ババというのはムリダール少年が小さい頃のあだ名である[4][5]。
アムテは8人兄弟の長男で、一番上だった。幼少期は地方地主の長男として、牧歌的な日々を過ごし、猟やスポーツを楽しんだ。14歳までには自分の銃を与えられ、クマやシカの狩猟をたしなんでいた。運転できる年齢に達するとスポーツカーを与えられ、内装のクッションカバーは豹の皮が用いられていた。このような恵まれた家庭に育った彼であったが、インドの格差社会には気付いており、「実家にはある種の冷淡さがあり、彼らは大きな心の壁を築いて外の世界にある惨めさを見ないようにしていた。それに対して私は反抗した。」と述べている。