バリ・ユナイテッドFC

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原語表記 Bali United Football Club
呼称 BUFC, BU
愛称 Serdadu Tridatu (Tridatu Warriors)
創設年 1989年
バリ・ユナイテッドFC
原語表記 Bali United Football Club
呼称 BUFC, BU
愛称 Serdadu Tridatu (Tridatu Warriors)
創設年 1989年
ホームスタジアム カプテン・イ・ワヤン・ディプタ・スタジアム
収容人数 18,000人[1]
運営法人
PTバリ・ビンタン・セジャテラTbk[2](66.7%)
その他株主[3]
(IDX: BOLA)
(33.3%)
代表者 Pieter Tanuri
監督 ブラジルの旗 ステファノ・クグラ英語版
公式サイト 公式サイト
ホームカラー
アウェイカラー
サードカラー
テンプレート(ノート)サッカークラブPJ

バリ・ユナイテッド・フットボールクラブインドネシア語: Bali United Football Club)は、インドネシアバリ島ギャニャールに本拠を置くプロサッカークラブ。リーガ・インドネシアの最上位カテゴリであるリーガ1に所属している。ボルネオ島サマリンダに本拠地を置いていたプトラ・サマリンダFC英語版(1989年設立)が2015年に本拠地を移転の上、名称変更したクラブである。

本拠地はギャニャール県ブラバトゥ英語版にあるカプテン・イ・ワヤン・ディプタ・スタジアム(23,081人収容)。2015年からリーガ1に所属し、2017年にリーグ2位、2019年シーズンに初めてリーガ1を制し、2008年に前身のインドネシア・スーパーリーグ (ISL) が創設されて以来7クラブ目となるリーグチャンピオンとなった。

バリ・ユナイテッドは、インドネシア並びに東南アジアで最初のプロサッカークラブであり、広州恒大に次いでアジアで2番目となる株式上場を果たしたサッカークラブ(2019年6月17日にインドネシア証券取引所に上場)である[4][5] 。クラブの運営会社であるPTバリ・ビンタン・セジャテラTbk (PT. Bali Bintang Sejahtera Tbk, BOLA) の株式は、新規株式公開 (IPO) 時に20億株が市場に流通されることになっており、その販売価格は120ルピアから180ルピアの間が予定されていた[6] が、6月10日のIPOにより実際には175ルピアの値がついた[7]

歴史

クラブは、プトラ・サマリンダFCの代表であった Harbiansyah Hanafiah がクラブの移転を決定した2014年シーズン終了後に設立された。新たな本拠地にギャニャールが選ばれたのは、当時インドネシアのトップカテゴリとして両立状態にあったインドネシア・スーパーリーグ (ISL) とインドネシア・プレミアリーグ (IPL) のいずれにもバリ州を本拠地とするチームがいなかったためである。インドネシアのタイヤメーカーであるムルティストラーダ・アラ・サラナ英語版のブランド・コルサ (Corsa) と共同で、エンブレムとチームカラーを変更の上、チーム名をバリ・ユナイテッドに改名することを発表した[8]

監督として、インドネシアU-19代表英語版のヘッドコーチだったインドラ・シャフリ英語版を招聘し、若手中心のチーム作りを行う。シャフリは自らが育てたU-19代表チームの選手を引き入れ、トップカテゴリであるISLでプレーする機会を与えた[9]。バリ・ユナイテッドとしての最初の試合は2015年4月4日のISL公式戦で、ペルセル・セルイ英語版1対2で敗戦、レルビー・エリアンドリー英語版がチーム初ゴールを挙げた[10]。しかし、インドネシア青年スポーツ大臣のイマム・ナフラウィがインドネシアサッカー協会 (PSSI) に対して活動を凍結する大臣令を発し、PSSIがリーグを中止したため、デビューシーズンを終えることができなかった[11]。翌年は非公式リーグであるインドネシア・サッカーチャンピオンシップに参戦、12位となった[12]

国際サッカー連盟 (FIFA) によるPSSIの資格停止処分(当該節参照)が解け、リーガ1として再スタートした2016年シーズンはリーグ序盤で苦戦を強いられ、間の出場停止後の最初のリーガ1シーズン、バリユナイテッドは最初の2試合で苦戦し、ハンズ・ペーター・シャーラー英語版監督の解任につながった[13]。後任監督に指名されたウィドド・カヒオノ・プトロ英語版は、チームを優勝争いに導いたものの、最多勝ち点68で並んだバヤンガラFC英語版とは直接対戦の結果(バヤンガラFCの2勝)で後塵を拝することになり、惜しくも優勝を逃してしまう[14]。しかし、バヤンガラFCがAFCライセンスを取得出来なかったため、繰り上げでAFCチャンピオンズリーグ2018 (ACL) の予選出場権を獲得した[15]

2018年1月16日にACL予選1回戦でタンピネス・ローバースに3-1で勝利したが[16] 、2回戦でチェンライ・ユナイテッドに延長の末1-2で敗れ、グループステージに進出することは出来なかった[17]。ACL予選敗退に伴い、AFCカップ2018グループステージの出場権を獲得したが、グループGの最下位に終わり敗退した[18]。このパフォーマンスの悪さはリーグでも続き、リーグ戦のプルシジャ・ジャカルタ戦の前日にウィドド監督が突如解任され、サポーターが経営陣に抗議する事態となった。最終的にリーグ11位でシーズンを終えた[19][20]

2019年シーズン、ウィドドの後任にはプルシジャ・ジャカルタを率いていた「テコ」ことステファノ・クグラ英語版を招聘[21]。テコは就任最初のシーズンで、クラブを初のリーガ1タイトルに導いた[22]

スタジアム

カプテン・イ・ワヤン・ディプタ・スタジアム

クラブが現組織になって以降、ギャニャールのカプテン・イ・ワヤン・ディプタ・スタジアムを本拠地として使用し[23]ギャニャール県政府との間で20年間の賃借契約を結んでいる[24]。クラブはギャニャールへの移転前に、ISLの基準を満たすために50億ルピア以上の巨費を投じてスタジアムを改修した。具体的には、照明設備の追加、更衣室のアップグレード、スタジアムの一部の再塗装、トイレの修理、その他の施設をアップグレードした[25]。バリ・ユナイテッドは、スタジアム周辺に店舗、カフェ、遊び場を追加するなど、施設のアップグレードを続けている[26][27]。また、AFCの基準を満たすために、2018年にいくつかの改修を追加実施している[28]

選手

5 October 2020現在[29][30][31]

注:選手の国籍表記はFIFAの定めた代表資格ルールに基づく。

No. Pos. 選手名
1 GK インドネシア ナデオ・アルガウィナタ英語版
4 MF インドネシア アラペンタ・ポルバ英語版
6 MF イラク ブルワ・ヌーリ英語版
7 FW オランダ メルビン・プラティエ英語版
8 MF インドネシア ムハンマド・タウフィク英語版
9 FW インドネシア イリヤ・スパソイェヴィッチ英語版
10 FW インドネシア レルビー・エリアンドリー英語版
11 MF インドネシア ヤベス・ロニ英語版
13 DF インドネシア グナワン・ドウィ・カヒョ英語版
14 MF インドネシア ファディル・サウス英語版 キャプテン
15 DF インドネシア ガビン・クワン・アドシット
16 MF インドネシア ハリオノ英語版
17 FW インドネシア イルファン・ジャウハリ
18 MF インドネシア イ・カデック・アグン・ウィドニャナ英語版
20 MF インドネシア シディク・サイミマ英語版
No. Pos. 選手名
21 GK インドネシア ラカスリャ・ハンディカ
22 DF インドネシア ディアス・アンガ・プトラ英語版
23 MF インドネシア ファハミ・アル=アユビ英語版
24 DF インドネシア リッキー・ファジリン英語版
27 DF インドネシア アグス・ノヴァ・ウィアンタラ英語版
28 MF インドネシア リアン・フィルマンシャ英語版
32 DF インドネシア レナード・トゥパマフ英語版
33 DF インドネシア イ・マデ・アンディカ・ウィジャヤ英語版
35 DF インドネシア ハウディ・アブディラ英語版
43 DF ブラジル ウィリアン・パシェコ英語版
59 GK インドネシア ワワン・ヘンドラワン英語版
77 FW インドネシア ムハンマド・ラーマ英語版
85 DF インドネシア マイケル・オラー英語版
87 MF インドネシア ステファノ・リリパリ
93 GK インドネシア サミュエル・レイマス英語版

タイトル

国内タイトル

リーグ

  • リーガ1
    • 優勝(2) : 2019, 2021
    • 準優勝(1): 2017

プレシーズンマッチ

  • トロフェオ・バリ・セレベスト
    • 優勝(1) :2016 [32]
  • トロフェオ・ペルシャ
    • 準優勝(1):2016 [33]
  • バリ・アイランド・カップ(トロフェオ・フォーマットを含む)
    • 優勝(1) :2017 [34]
  • インドネシア・プレジデントカップ
    • 準優勝(1): 2018

統計

歴代監督

脚注

外部リンク

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