しかし、ブルガリアとセルビア・ギリシャの間で齟齬が発生した。原因は、マケドニアの分割によるものだった。
発端となったのは、セルビアが第一次バルカン戦争前にブルガリアと締結した合意に違反し、ヴァルダル・マケドニアの本来ブルガリア領になるはずだった地域をセルビア領に組み込もうとしたことだった。セルビアの主張としては、アルバニア北部・中部の併合計画をオーストリアとイタリアによるアルバニアの主権の支持を理由に失敗したため、その代償としてヴァルダル・マケドニアに合意していた地域外の地域を欲しがったのだ。
ブルガリアは、セルビアの合意破棄に反発し、バルカン同盟を脱退。さらにギリシャともエーゲ・マケドニアを巡って緊張関係にあったため、ブルガリアはセルビアとギリシャに侵攻。第二次バルカン戦争が勃発した。
しかし、ルーマニア王国とオスマン帝国がブルガリアへと侵攻したため、ブルガリアは降伏。同国はブカレスト条約とコンスタンティノープル条約(英語版)を締結し、セルビア、ギリシャ、ルーマニア、オスマン帝国に領土の一部を割譲した。
これにより、ブルガリアはセルビアとギリシャから領土を奪還することを目指し、両国の牽制することも目的として旧敵・オスマン帝国と同盟(土勃同盟(英語版))を締結。
第一次世界大戦、ブルガリアはセルビアからヴァルダル・マケドニアを奪還することを目的に中央同盟国に加盟した。