バルタザール4世・ド・ブルボン
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伝承によると、クレルモン伯ジャン・フィリップなるフランス王族(ブルボン朝の初代国王アンリ4世の甥[注 1])の子孫だという[2][4]。ジャン・フィリップの子孫であるサルヴァトール2世(イナヤット・マシー[5])はボーパール藩王国ナワーブのムハンマド・ハーンから重用され[5]、その子のバルタザール1世(シャーザード・マシー[5])とその孫のセバスティアン(バルタザール4世の高祖父)は宰相に任じられ、インド中部のボーパールにおいては名が知られた一族だった。1971年に貴族としての称号と特権を喪失した[4]。
ギリシャ王族であったミシェル・ド・グレースが、歴史小説『ル・ラージャ・ド・ブルボン』の中でバルタザール4世こそがフランス王家の最古流の末裔であると主張したことで、ブルボン・ボーパール家への関心が高まった。
2013年3月、ボーパールを訪問した在印フランス大使のフランソワ・リシエらとバロック音楽を鑑賞した[6]。
バルタザール4世は、フランスへの移住やフランス市民権の取得は考えていないという[7]。ブルボン家の血縁主張を検証するためにDNA鑑定を実施する意思があると定期的に語っているが、2016年現在実現していない[1]。