バルトロメオ・ビアソレットー
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略歴
現在のクロアチア(当時はオーストリア=ハンガリー帝国)のボドニャンで生まれた。リエカやトリエステの薬局で働いた後、ウィーン大学で薬学を学び、1814年に卒業した。ヴェルスで1年間、薬剤師として働く間に植物学に興味を持ち、植物標本を作り始めた。1817年に、トリエステに戻り、自らの薬局を開いた。アドリア海沿岸やオーストリア各地の植物を調査していたドイツの植物学者、ダーフィット・ハインリヒ・ホッペと知り合い、協力して、新種植物の発見や科学論文を執筆し、植物学者としての評価を得た[1]。1823年にパドヴァ大学から学位を取得した。
その後も各国の植物学者とイストリアなどの植物調査を行った[2]。1833年に、ムツィオ・トマシーニとアドリア海沿岸地域(ヴェネツィア・ジュリア地域)の調査を行った[3].。1838年に博物学愛好家のザクセン王、フリードリヒ・アウグスト2世が指揮したイストリア、ダルマチア、モンテネグロの植物調査にトマシーニと参加し、1841年に報告書、"Viaggio di S.M. Federico Augusto re di Sassonia per l’Istria, Dalmazia e Montenegro"を執筆した。1828年にトリエステに植物標本館をつくり1831年まで館長を務めた。トリエステ市民植物園(Civico Orto Botanico di Trieste)の創立者とされる。
フィレンチェの農業愛好家アカデミー(Accademia dei Georgofili)の会員であり[4]、ウィーンやプラハで行われた科学者の会議に参加した。
セリ科の植物の属名Biasolettiaに貢献名された。
著作
- Di alcune alghe microscopiche, Weis, Trieste 1832.
- Streifzug von Triest nach Istrien im Fruhlinge 1833, mit besonderer Rucksicht auf Botanik, ムツィオ・トマシーニらと共著, s.l. 1833.
- Viaggio di S.M. Federico Augusto re di Sassonia per l’Istria, Dalmazia e Montenegro, Weis, Trieste 1841,
- Escursioni botaniche sullo Schneeberg (Monte Nevoso) nella Carniola, Tip. Papsch & C., Trieste 1846.
- Cenni sull'economia rurale, Weis, Trieste 1849.
