バルバラ・ロンギ
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ラヴェンナで生まれた。父親のルカ・ロンギ(1507–1580)はラヴェンナとその近郊で活躍し、宗教画や肖像画を制作したことで知られる画家である[2]。兄にフランチェスコ・ロンギ(Francesco Longhi: 1544–1618)がいる。兄とともに父親の工房で絵を学び、父親の工房で大きな祭壇画の制作に助手として参加した[3]。しばしば、ルカ・ロンギが描いた聖母像などのモデルも務めた。バーバラ・ロンギが描いた「聖カタリナ像」は、父親が描いた女性像とよく似ていて、美術史家はこの作品をバーバラ・ロンギの自画像と見なしている[1][2][4]。
1570年に独立し、自分の工房を開いたとされるが、家族や父親の工房と密接な関係を続けた。肖像画家として人気があったが、今日知られている、日付と署名がある肖像画は1570年代(制作年の末尾が不鮮明)に制作された「カマルドリ修道院の修道士(ritratto di monaco camaldolese)」だけともされる。作品のほとんどが無署名で一部にはイニシャルだけが記された。15点ほどの作品がバルバラ・ロンギの作品であると高い確度で判断されていて[2][5] 、そのうちの12点は、ロンギの時代に人気のあった聖母子像であった[2]。彼女の作品のいくつかは、父親の作品とされていると考えられている。
1638年にラヴェンナで86歳で亡くなった。