バーシティ・クラブ
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来歴
1987年末、NWAのジム・クロケット・プロモーションズにおいて、マイク・ロトンドとリック・スタイナーによって結成された。レスリング部で活躍したアスリートというベビーフェイス的なキャラクターでありながら、エリート意識の強い高慢なヒールのタッグチームとして活動[1]。それぞれの出身大学のレターマン・ジャケット(スタジアムジャンパー)とシングレット(ショルダータイツ)をコスチュームに、チアリーダーの先導で入場し、マネージャーには彼らの「コーチ」を自認するケビン・サリバンが就いた[1]。
翌1988年1月にはロトンドがNWA世界TV王座を獲得するが[5]、どちらが「キャプテン」であるかを巡りスタイナーとの間で確執が生じ、同年9月に仲間割れを起こしてスタイナーはベビーフェイスに転向[1]。同時期、舞台裏ではテッド・ターナーがジム・クロケット・プロモーションズを買収してWCWが発足。新体制による12月26日開催の『スターケード'88』では、両者によるTV王座戦が行われ、スタイナーがロトンドを破りタイトルを獲得した[5][6]。
スタイナーに代わる新メンバーには、それまでベビーフェイスのポジションにいたスティーブ・ウィリアムスがヒールターンして加入[1]。同じく『スターケード'88』において、サリバンとのコンビでザ・ファンタスティックス(ボビー・フルトン&トミー・ロジャース)からUSタッグ王座を奪取している[6]。以降、スタイナー&エディ・ギルバートと同王座を争った[7]。1989年からはダン・スパイビーもバーシティ・クラブのメンバーとなり、団体内における勢力を拡大。同年4月2日の『クラッシュ・オブ・ザ・チャンピオンズVI』では、ロトンド&ウィリアムスのコンビでロード・ウォリアーズからNWA世界タッグ王座を奪取した[8][9]。しかし、5月7日のPPV『レッスルウォー'89』でのリターン・マッチにおいてセコンドのサリバンとスパイビーが試合に介入、特別レフェリーのニキタ・コロフを攻撃したためタイトルは剥奪される[8][10]。
その後ウィリアムスとも仲間割れし、スパイビーもユニットを離れシッド・ビシャスと新チームのザ・スカイスクレイパーズを結成[11]。残党メンバーのロトンドとサリバンはリック&スコットのスタイナー・ブラザーズと抗争するが、7月23日の『グレート・アメリカン・バッシュ'89』でのバトルロイヤル形式のテキサス・トルネード・マッチにおいて5分足らずで完敗[12]。9月12日の『クラッシュ・オブ・ザ・チャンピオンズVIII』ではフェイスターンしたウィリアムスにロトンドが敗退[13]。以降、バーシティ・クラブは解散した。
リユニオン
解散から10年後の1999年下期、当時WCWのブッカーだったサリバンにより、バーシティ・クラブはWCWにてロトンドとスタイナーのオリジナル・メンバーで再結成されている。12月19日開催の『スターケード'99』ではジム・ドゥガンを加えたカルテットでザ・レボリューション(シェーン・ダグラス、ディーン・マレンコ、ペリー・サターン、および女性ボディーガードのエイジア)と対戦したが[14]、かつてのような活躍は望めず、短期間でフェードアウトしていった。
2000年9月、ロトンドとウィリアムスが 「バーシティ・クラブ21」 として全日本プロレスの『世界最強タッグ決定リーグ戦』2000年大会に参加、決勝戦で川田利明&渕正信を下して優勝を果たした[15]。以降も全日本プロレスの常連外国人チームとなり、世界タッグ王座にも挑戦。最強タッグには2001年大会と2002年大会にも連続出場している。