パウル・シドー
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現在はポーランドのカリシュ・ポモルスキ(ドイツ語名:Callies)に生まれた。ベルリンで教師として働いた。隠花植物に強い関心を持ち、息子のハンス・シドー(Hans Sydow、本業はドレスナー銀行の行員)とともに多くの著作を行った[2]。1903年に菌類の学術誌、"Annales Mycoligici"を創刊し、ハンス・シドーが初代の編集長を務めた。この雑誌は後に、"Sydowia"と改名された。シドーの収集した膨大な標本は1943年に焼失した。コウジカビの一種、Aspergillus sydowiiなど多くの菌類にシドー父子の名前がつけられている。
ピエール・アンドレア・サッカルドの菌類目録、"Sylloge fungorum omnium hucusque cognitorum"の16巻に貢献した[3]。