パウル・ユオン
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1872年、モスクワ生まれ。モスクワのドイツ人のためのギムナジウムに通った後、1889年にモスクワ音楽院に入学し、ヴァイオリンをチェコ人教師のヤン・フジマリーに、作曲と音楽理論をアントン・アレンスキーおよびセルゲイ・タネーエフに師事。1894年にベルリン高等音楽学校に留学し、クララ・シューマンの父親違いの弟ヴォルデマール・バルギールのもとで更なる研鑽を積む。1896年に結婚し、学内よりメンデルスゾーン賞を授与されロシアに帰国。
バクー音楽院で音楽理論とヴァイオリンの教授に着任、また音楽評論家として新聞に投稿を開始。最初の交響曲とオペラを作曲する。1898年にベルリンに戻り、母校の講師に着任。のち1906年に校長ヨーゼフ・ヨアヒムより教授に任命される。この間にハインリヒ・カミンスキ(カール・オルフの恩師)やシュテファン・ヴォルペ、フィリップ・ヤルナハらを育てた。(貴志康一が作曲を師事したエドヴァルト・モリッツもユオンの門人の一人であった。)
家族・親族
- 弟:コンスタンチン・ユオンはソ連の著名な画家。
- 孫:ガブリエル・ユオン=エルギン(Gabriel Juon-Erguine)も美術家。