パキスタン陸軍総司令部襲撃事件
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| パキスタン陸軍総司令部襲撃事件 | |
|---|---|
| 戦争:ワジリスタン紛争 | |
| 年月日:2009年10月10日 - 10月11日 | |
| 場所:パキスタン、ラーワルピンディー | |
| 結果:パキスタン軍の勝利 | |
| 交戦勢力 | |
| パキスタン・ターリバーン運動 | |
| 指導者・指揮官 | |
| アサール・アッバス少将(en:Athar Abbas) | ムハンマド・アキール(Mohammed Aqeel) |
| 戦力 | |
| パキスタン軍 * 警備部隊 * 陸軍特殊作戦群 |
武装集団 10 |
| 損害 | |
| 死亡 * 警備兵 9 * 特殊部隊 2 * 民間人 2 |
死亡 9 拘束 1 |
パキスタン陸軍総司令部襲撃事件(パキスタンりくぐんそうしれいぶしゅうげきじけん)は、2009年10月10日にパキスタン・ラーワルピンディーに所在するパキスタン軍総司令部が武装集団に襲撃された事件。10人から成る武装集団は治安部隊の制服を着用し、パキスタン陸軍総司令部に続く検問所を襲撃。その後、建物に篭るも翌日パキスタン軍に制圧された。
初期行動
救出作戦
パキスタン軍はSSGを投入し、人質救出作戦を実行した。人質22人は武装闘士の自爆の危機に晒されていたが、その後突入部隊によって射殺された[2]。10月11日午前6時、特殊部隊は建物に突入し、武装集団を制圧し人質を救出した。この突入で立て篭もっていた武装集団5人の内1人を拘束し人質約40人を救出するも、特殊部隊員2人、人質3人、武装集団4人が死亡した[4][5][6]。首謀者と目されるアキール(Aqeel、別名ウスマン博士、Dr Usman)はラホールクリケットスリランカ代表襲撃事件やパルヴェーズ・ムシャラフ前大統領搭乗機攻撃計画の立案に関与しているとされる[7]。アキールは他の武装闘士とは別の建物で5人を人質に捕っていたが、救出部隊突入時に自爆を試みるも突入部隊により阻止された。救出作戦は11日午後に完了すると発表され、作戦中の22時間で少なくとも3回の爆発音が聞こえた[8]。