パスカル・タイヨ
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柔道は9歳の時に始めた。ジュニアの頃からフランスナショナルチームのコーチだった村上清の指導を受けていた[2]。ジュニア時代は78kg級で活躍していて、1984年には世界学生で優勝を飾った。1986年になると階級を86kg級に上げた。しかし、1988年ソウルオリンピックでは78kg級に階級を下げて出場すると、3回戦で世界チャンピオンの岡田弘隆に横四方固で一本勝ちしたが、準々決勝で西ドイツのフランク・ウィニケに敗れるなどして5位に終わった[1]。
1989年には階級を再び86kg級に上げた。1992年バルセロナオリンピックでは決勝まで進むが、オリンピック2階級制覇を狙うポーランドのバルデマール・レジェンに内股で有効と双手刈で効果を取られて敗れた[1]。1994年には家族とともに来日して全国各地で3ヶ月ほど修行を積んだ[2]。