パスカル・リシャール
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- 1986年KAS
- 1987年トウシバ
- 1988年ウェインマン
- 1989〜91年エルベシア
- 1992年フェスティナ
- 1993年アリオステア
- 1994〜96年MG(94年GB-MG、95〜96年MG-TECHNOGYM、)
- 1997〜98年カジノ(Casino)
- 1999年モビルベッタ(MOBILVETTA-NORTHWAVE)
- 2000年リンダ・マッカートニー
経歴
もとはシクロクロス出身で、最初の金星は1988年の世界選手権シクロクロス競技のもの。のちにロードレースに転向し、大舞台の勝利は1989年のツール・ド・フランスの山岳ステージに始まる。一時期低迷するが、名将ジャンカルロ・フェレッティ監督率いるアリオステアに所属してからは復活。特に90年代半ばにはミドルツールと呼ばれる10日前後のステージレースを中心に着実に勝ち星を納め、アレックス・ツェーレ、トニー・ロミンゲルらと並び、スイスの代表的選手としての地位を確立した。 山岳レースでの活躍が目立つためクライマーとしての印象が強いが、少人数で逃げた際のゴールスプリントが非常に巧みで、ランス・アームストロング、ロルフ・ソレンセン、マキシミリアン・シャンドリ、イェスパー・スキッビーといったスプリント力のある選手を相手に度々ゴール勝負で打ち負かす番狂わせを演じた。 プロ・アマがオープン化された最初のオリンピックであるアトランタ大会でも逃げを決めた末にゴールスプリントでライバルを下し、大金星を得ている。