パトリシア・モイーズ
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アイルランド自由国の首都ダブリンで、インド高等文官の父アーネスト・パッケナム=ウォルシュと母マリオン(モリー)・ストラチャンの娘に生まれる。オーバーストーン女学校で教育を受けたのち、1939年婦人補助空軍に入隊した。
1946年、ピーター・ユスティノフに映画の技術助手として採用され、その後、8年にわたってユスティノフの個人秘書を務めた。
1960年、イアン・カーマイケルらが主演した映画 School for Scoundrels の脚本を共同執筆。
職を転じ、ロンドンの『VOGUE』誌で編集補佐として働くかたわら、ジャン・アヌイの1940年の舞台 Léocadia を Time Remembered という題名で訳出[1]。この舞台が1958年のトニー賞に輝き[1]、成功を収めたモイーズはVOGUEを退職し、推理小説の執筆を始める。
1951年に写真家のジョン・モイーズと結婚(1957年に離婚)。のちに国際通貨基金で働くジェイムズ・ハスザードと再婚。
2000年8月2日、イギリス領ヴァージン諸島のヴァージン・ゴルダ島の自宅で死去(死因は明かされていない)。77歳没。