綿花産業との関わりから『綿花王』として知られる。ヤイ・ボニ大統領の後援者で、2006年と2011年の大統領選挙ではボニに選挙資金を提供した[3]。しかし、のちに2人の関係は険悪となり、タロンはボニ暗殺の陰謀に加担していたとして逮捕され、2012年にフランスに亡命した。その後、2014年にタロンは赦免された[4]。
タロンは2016年3月の大統領選挙(英語版)に無所属で立候補。第1回投票ではベナン新興党(英語版)に所属するリオネル・ザンス(英語版)首相に次ぐ2位に甘んじたが、決選投票では65%を得票し逆転で当選した。3月25日の演説でタロンは真っ先に憲法改革に取り組むと述べ、独裁的な政治を避けるため大統領の任期を5年に制限する自らの計画を論じた。タロンはまた、内閣の規模を28名から16名に縮小することも計画していると述べた[5]。
2016年4月6日、タロンは大統領への就任宣誓を行った[6]。後日、タロン政権の陣容が公表され、首相は置かず、また先の大統領選挙で敗北し、決選投票でタロンを支援したパスカル・クパキ(英語版)前首相とアブドゥライ・ビオ=チャヌ(英語版)の2名がそれぞれ大統領府事務総長と企画開発相という要職に起用された[7]。
2021年4月11日の大統領選挙(英語版)では有力な対立候補を立候補失格としたり国外逃亡に追い込むなどしたこともあり、得票率86.3%で再選された[8]。
2021年9月22日、タロンとボニがコトヌーのマリーナ宮殿で面会。その際、ボニは特に政治的被拘禁者の釈放に関連する一連の提案と要求をタロンに提示した[9]。
2025年12月7日の朝、パスカル・ティグリ(英語版)ら国軍兵士は国営テレビで権力の掌握を宣言したが、数時間で鎮圧された(2025年ベナンクーデター未遂(英語版))[10]。
2026年4月12日に執行された大統領選挙(英語版)には3選禁止規定のため立候補が認められず、ロミュアルド・ワダニ(英語版)経済・財務相を後継に指名。投開票の結果、ワダニが得票率94%超えで当選を果たした[11]。