パリ・イリュストレ
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本誌の前身として1870年3月から6月までA. L. G. Delahayeと、Ch. P. Duplessisによって発行された同名の雑誌があった[3]。 『パリ・イリュストレ』はルネ・バシェによって1883年5月に創刊した。当初は月刊で、最初の特集はパリの芸術家のサロンに関するものであった。各号の内容は原則テーマ別となっており、毎号カラー・イラスト付きの解説書が本誌の袖の部分に付属していた。 イラストの製版には版画家のシャルル・ジローによって開発されたタイポグラヴレという技術が初めて使われた。印刷はパリのフルール通り9番にあったシャルル・ラウレの工房で行なわれ、二万五千部を発行した。当初は描画のために多くのイラストレーターを起用したが、1890年代から写真の複製を使用した。 『パリ・イリュストレ』は1886年末にグーピル商会に売却されたのちは週刊となった。グーピル商会は本誌の補巻として1898年6月からスポーツ月刊誌の「レ・スポー・モデルヌ」(Les Sports modernes)[4]を発行している。
『パリ・イリュストレ』の最終号は1920年6月に発行されたようである。
