1928年、パリに集っていた音楽を愛する個人投資家や金融家らによって創設された。
パリ音楽院に学んだ若手音楽家を中心としたメンバーによって構成され、1929年のシーズンからはピエール・モントゥーが常任指揮者として就任するが、1930年代の世界恐慌によってスポンサーを失い、実質的な経営危機に陥った。
モントゥーは私財をもって楽団の育成と維持に努め、ベルギー・ドイツなどの近隣諸国へも演奏旅行を行ったが、モントゥー自身が1935年にサンフランシスコ交響楽団の音楽監督として渡米後、指導者を失った同楽団は失意のままその時代的な社会背景と資金難に苛まされつつ、1938年に解散した。