パルシャタタールは紀元前15世紀のミタンニの王。パルシャタタールの記録は非常に少なくミタンニ王国、特にその初期の歴史や王についての情報は、州外の記録から得たものである[1]。王の年代は、ミタンニや他の国家、特に古代エジプトの年表と比較して、その数字を逆算することで推論できる[2]。アララハ(アレッポの首都[3])のイドリミ(英語版)の伝記にある記述によると、パルシャタタールはこの地域を征服、臣下としたイドリミはアレッポの王となった[4]。
ミタンニはパルシャタタールの治世中に、おそらく東のアーラパ(英語版)、南のテルカ、西のキズワトナ(英語版)まで拡大していたと思われる[5]。パルシャタタールは、エジプトのファラオ・トトメス1世の治世初期(紀元前1493年頃)にユーフラテス川で出会ったミタンニの王である可能性がある[6]。パルシャタタールの死についての情報は、おそらく紀元前1420年頃のパルシャタタール王の死の記録にあるヌジ(英語版)の記録に記載されている[7]。