パレストロの戦い
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ピエ・ノワール出身で親子二代に渡ってアルジェリア共産党(PCA)党員であった士官候補生アンリ・マイヨーは1956年4月4日に武器輸送隊を指揮し、アルジェ南西120kmのミリアナからアルジェへ向かうこととなった。アルジェ目前の地点で停止し昼食を摂る際にマイヨー候補生は指揮下の兵士達を遠ざけ、トラックの運転手を捕縛し積荷の武器を強奪することの成功した。同じ頃、PCAはFLNと共闘するため交渉中であった。この交渉中にFLNは強奪した武器のありかを知り秘密裏に回収してパレストロに運ばれた。
2月、フランスのギー・モレ首相は悪化するアルジェリア問題を解決すべく兵役期間を27ヶ月に延長の上、予備役の動員と徴集兵の派遣を決定した。フランス本国からは続々と軍隊がアルジェリアに送り込まれ、5月4日にはパリ地区から召集された多くの予備役兵からなる第9植民地歩兵連隊がアルジェに到着し、ただちに各地の警備任務に就くこととなった。