パレ・デ・ナシオン
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| パレ・デ・ナシオン | |
|---|---|
| Palais des Nations | |
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パレ・デ・ナシオン | |
![]() | |
| 概要 | |
| 建築様式 | 簡約古典主義 |
| 所在地 |
北緯46度13分36秒 東経6度08分26秒 / 北緯46.22667度 東経6.14056度 |
| 着工 | 1929年9月7日 |
| 完成 | 1938年 |
| 改築 | 2017年 – 2023年 |
| 所有者 | 国際連合(以前は国際連盟) |
| 設計・建設 | |
| 建築家 |
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パレ・デ・ナシオン(フランス語: Palais des Nations, 発音: [palɛ de nɑsjɔ̃])は、スイス・ジュネーヴにある建造物である。現在は国際連合ジュネーブ事務局として使用されている。
国際連盟の本部として、1929年から1938年にかけて建設された[1]。
1946年に国際連合事務総長がスイス当局と協定を締結して以来、国際連合ジュネーブ事務局として使用されているが、スイスが国際連合に加盟したのは2002年である。
2012年だけでも、パレ・デ・ナシオンでは1万件以上の政府間会合が開催された[2]。
歴史
計画と建設
1920年代に行われた建築コンペでは、このプロジェクトが次のように説明されている。
このコンペの対象となっている建造物である宮殿は、ジュネーブにある国際連盟の全ての機関を収容するためのものである。この宮殿は、国際的な問題に対処する際に、穏やかな雰囲気の中で、これらの機関が独立して容易に作業し、司会をし、議論を行うことができるように設計されていなければならない。
377点の応募作品の中から最終的なデザインを選ぶために、建築家の審査員が選ばれたが、受賞作品を決めることはできなかった[3]。最終的に、優秀な応募作品を手がけた5人の建築家が選ばれ、共同で最終デザインを作成することになった。その5人は、スイスのジュリアン・フレゲンハイマー(Julien Flegenheimer)、フランスのカミーユ・ルフェーヴル(Camille Lefèvre)とアンリ・ポール・ネノ(Henri Paul Nénot)、イタリアのカルロ・ブローギ(Carlo Broggi)、ハンガリーのヨシフ・ヴァーゴ(József Vágó)である。内装には、連盟加盟国からの寄付金が使われた。
1936年の完成当時、容積ベースでは44万立方メートルで、ヴェルサイユ宮殿(46万立方メートル)に次ぐヨーロッパ第2位の建築物だった[4]。
拡張
国際連合への移管後、2つの増築部が設けられ、使用可能な面積が大幅に拡大した。1950年から1952年にかけて、世界保健機関を一時的に収容するために3階建てのK棟とD棟が建設された。1968年から1973年にかけて、会議施設としてE棟(新棟)が増設され(会議室11室、容積38万立方メートル)、会議室の総数は34室となった。これにより、建物の長さは600メートル、オフィス数2,800室、総容積85万3千立方メートルとなった[5]。
立地
ギャラリー
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